ライフ イン スウェーデン

スウェーデンでの日々の雑感、旅行記、サッカー観戦記、などなど。

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ベルリン そして 帰国

7月24日土曜日

プラハ朝6時30分くらいの電車で出発。ベルリン到着。また同じ安宿にチェックインしてラーメン屋直行。味噌ラーメンと餃子とご飯とビール。日本ではありふれているこの食べ物が、ストックホルムでは高すぎて(笑)手が出ない。ベルリンはいいところだ。

この日は国立絵画館へ。売りはフェルメールx2やレンブラント


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今年は、アムステルダム、ハーグにいって、さらに今回、ベルリン、ドレスデン、ウィーンで彼の合計12作品を見ることが出来た。彼は寡作で36作品しか残してないので今年は自分にとって彼の絵を見るいい年になった。後、パリ、ロンドン、ニューヨークでもいままで見たことがあるはずなのだが、記憶にない。またいかねばねえ。


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レンブラント。彼の作品も今年はたくさん見ることが出来た。個人的には、ヤンステーンという画家を知ったのも今年の収穫か。写真は光がどうしても反射してこうなりました。

そして7月25日日曜日
チェックアウトの後、アンティーク市を見た後、旧ナショナルギャラリーへ。
見どころは、ドイツの画家。そしてルノワール、モネ、マネといったところ。

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これは壁にかかっていた巨大な絵。

で、ラーメン屋にいったら、日曜日はおやすみだった。ここは日本ではない。
代わりに、中華料理のチェーン店の安い焼きそばとビール。

空港へいって、スウェーデンのアーランダ空港へ飛んだ。

これで、旅の全行程が終了した。

軽くまとめると

7月5日   ストックホルムからベルリンへ
7月6日   ベルリンからドレスデンへ
7月7日   ドレスデン
7月8日   ドレスデン
7月9日   ドレスデンからプラハへ、夜行列車でブダペストへ(すりに遭遇)
7月10日  ブダペスト
7月11日  ブダペスト
7月12日  ブダペストからザグレブへ
7月13日  ザグレブからプリトヴィツェ国立公園
7月14日  公園からスプリット
7月15日  スプリットからヴィス島
7月16日  ヴィス島からスプリット、夜行バスでリエカ
7月17日  リエカからラブ島
7月18日  ラブ島からリエカ経由でポレチュ
7月19日  ポレチュからロヴィニイ経由でプーラ
7月20日  プーラの島めぐりからリエカ
7月21日  リエカからリュブリャーナ、夜行列車でウィーンへ
7月22日  ウィーン
7月23日  ウィーンからプラハ
7月24日  プラハからベルリン
7月25日  ベルリンからストックホルム

前半は、ドイツ、プラハ、ブダペストの旅
中盤は、クロアチア満喫
後半は、北上しながらクロアチア北部、スロベニアウィーンプラハ、そしてベルリンへ

3週間でも、クロアチアはまだまだ見られなかった。そう、ドブロブニク方面には行けなかった。フバールにも。
オーストリアもチェコも一つの都市だけだし、スロベニアのほかの町もいいかもしれない。

などと考えるとまたヨーロッパ回りたくなる、が、一回の旅では3週間が自分のちょうどよすぎる長さかなという感じです。

長い間旅日記にお付き合いしていただきありがとうございました。

ドレスデンのかえるさん、3泊もとめていただきお世話になりました。
アンダンテのスタッフの皆様、宿泊のみなさま、楽しいひと時をありがとう。
ザグレブの2TOMさん。また飲みましょう
スプリットの苫屋さん。そして宿泊の日本人の方々、楽しい思い出をありがとう。
リュブリャーナの中華料理のおねえちゃん、寿司屋の日本人職人さん。もっと滞在したかったです。
ウィーンのひょろさん。いつも刺激的なお話しありがとう。
芸術家のみなさん、すばらしい作品ありがとう。
各国でのおもてなし、ありがとう。

みなさん、夜行列車には気を付けてください。

2010夏の中欧の旅日記 

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プラハの町を望む

7月23日金曜日

朝、ウィーンを電車ででて、昼過ぎにプラハに到着。プラハには7月9日に来ているのだが、またプラハ?ということになるが、ベルリン発着の飛行機のチケットを買ったので、クロアチアからベルリンに戻る最短コースがこれである。

チェックインして、まずは中華料理。酢豚とビールを楽しむ。これで日本円で大体400円。

その後、ケーブルカーに乗って、ペトシーン公園へ。ここには展望台がある。しかし、雨がぽつぽつの天気となったのであきらめ、近くの修道院の前のベンチから町を望む


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こんな感じです。恋人たちにはいい場所でしょうね。


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カレル橋の近くの街並み


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そして今日もにぎわうカレル橋


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カレル橋には30体の聖人像があるのですが、これが日本ではあまりにも有名な、フランシスコザビエルさんの像です。なぜチェコにザビエルなのかは検索したけどいまいち不明でした。
彼を下で支えているおっさんが東洋人です。

で、この夜また仕掛け時計をみて、晩飯もなんと宿の近くの同じ中華料理屋(笑)でやきそばとビールを楽しむ。この時点で外はドシャブリ。客は私だけで、横で賄いを若いみなさんが楽しそうに食べてました。中国、ベトナムの移民たちの明るくたくましく生きる姿を垣間見た感じでした。それぞれの人が生きるフィールドがある。ウィーンの焼き鳥屋のトイレに、福沢諭吉の教育訓がかかっていた。その一つに働くことの大切さが説かれてあったがそれを思い出した。そろそろ旅も終わり、3週間遊び歩いたので、そろそろ仕事か、という気持ちになってきた。

そして、次の日ベルリンへ。

続く



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やっぱここでしょ。Wien

7月21日夜23時35分、夜行列車にのって、宮本選手がいたザルツブルクで乗り換え。夜行列車、びびってたけどそもそも酔っぱらってたので爆睡。6人の部屋で4人座ってた。みんな寝てた。

7月22日朝、Wienに到着。
西駅の近くの安宿にチェックイン

この町は、2007年の冬以来、2回目。

今回も目指すは美術史博物館

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まずはエジプト展。世界中に散らばるエジプト遺産。ここでもしっかりあります




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かばは、農作物を荒らす恐るべき動物だったとのこと




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窓からの景色



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貴重な絵画もカメラがぼろいとこうなる。



他にも、物品も絵画もまさに見どころたっぷり。ここにこないとWiennに来たことにはならない。


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そして、王室の宝物展
これまたお見せするのが恥ずかしい王冠。

他、セットのチケットだったので、エフェソス博物館、音楽武器博物館と夕方まで目白押しでした。

夕方、焼き鳥屋で、知人の女性と会う。国際機関にお勤めの彼女とは、ブダペストの日本人宿、アンダンテで知り合って、その後、2回お会いしていてこれがひさしぶりの再会。今回は新婚さん。

日本料理を食べながら、いろいろ国際政治の舞台や駆け引きのえげつなさなどについて教えてもらった。
日本の政権が変わったことによって、海外の政治の舞台で国益を損ねる事態になっていることまで教えてもらった。
こちらも北欧の私の仕事のことなど情報の交換をした。
楽しく飲んで、食べて、気分よく店を後にした。

一日で回れる町ではない、やはり、パリに次ぐ華のある町だと思います。

しかし、日程の関係で一泊。翌日7月23日、朝から電車に乗る。

続く

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スロヴェニア、リュブリャーナへ

7月21日水曜日

10日間楽しんだクロアチアを後にする。バスで国境を超える。
スロヴェニアへ。

スロヴェニア、日本の人で知ってる人はあまりないと思われる国。
まずは、チョコスロバキアが分かれてできたスロバキアという国と混同する。
ちなみにスロヴェニアはユーゴスラビアから独立を果たした国である。
国境は上から時計回りにオーストリア、ハンガリー、クロアチアそしてイタリアと接している。
私も全く馴染みがなかった。今回、初めての入国である。

バスが首都のリュブリャーナに到着して、次の移動の電車のチケットを買って、最初に捜したのは、中華料理屋。駅の目の前にあった。
まさに待望の肉いためライス、ビール。正直、ヨーロッパを回ると中華や日本食が猛烈に恋しくなる。それはいつまでたっても変わらない。安いランチとしての中華は最高。
で、店も空いていたので食後店のお姉さんとお話し。中国には2-3年1回は帰国しているとのこと。スロヴェニアの国籍なんていらない。娘は2歳で、彼氏、スロヴェニア人、仕事の共同出資者でもある、と。
で、この町の日本料理屋の情報を聴いたら、Suchi Mamaという店がある。ここは日本人が握ってるが、もう一軒の寿司屋は中国人がやってて、ブルシットだ、と。ワラタ。
なかなか楽しい談話のひと時だった。外に出たらやはり暑い。


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プレシェーレン広場。町の中心




この後いきなり英語でカメラを向けられてインタビューをうけた。この町楽しいですか?とか、観光の何とかカード、知ってますか?とかそういう質問だった。楽しいも何も着いたばかりだなどと話したがたぶん映像は使われないだろう。

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リュブリャーナ城。丘の上。歩いて登った。




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町を360度見渡せる塔の上




他、3Dでみる町の歴史、そして町の歴史博物館もある。そこも楽しんだ。
石器時代から、オスマントルコ帝国にしいたげられた時代などの展示、オーディオガイド付き。そしてこの国はハプスブルグ、ナポレオン時代、ユーゴ時代などを経て、ついに1991年独立をはたした。
ヨーロッパはEUという枠組みをつくろうという動き、そして、民族独立へのあくなき希望がある。モンテネグロの大臣とストックホルムであったことがあるが、彼も、我々は独立して当然だ、と言っていた。

丘をおりて、国立現代史博物館へ。まずは、第一次世界大戦、サラエボでのセルビア人による皇太子殺害、そして第一次世界大戦がおこりそこにハプスブルグ、オーストリアハンガリーの一部だったのだが、そちら側として参戦した記録映画。対イタリアは雪山での戦い。そのような映像は初めて見たので新鮮だった。

そして大戦のあと、セルビア王国主導のSHSという国家ができてそれがユーゴの原型となる。

第二次世界大戦。まさに弱国の宿命、イタリア、ドイツ、ハンガリーに見事に国を3分割されてそれぞれの国の支配下へ。

大戦のあと、ユーゴスラビアの一部となる。領土も2回にわたり拡張された。その展示もある。
どの国もそうだが、独立国家として領土の範囲というものは非常に重要なものである。ヨーロッパでは100年前の地図と今の地図は全く異なっている。なので昔がどうのこうのということよりは、今、どの地域が領土かということが重要なのである。

で、ユーゴスラビア時代はさらりと流していて、ついに、東欧崩壊、そして国民投票で独立の動きとなる。
91年、6月、独立戦争、10日間。ユーゴ連邦軍の戦車や飛行機での攻撃を乗り越えて、独立を勝ち得た。

ここでポイントとなるのはひとつだけ。彼らが独立を踏みにじられなかったのは、諜報活動も含めた軍事力が連邦軍を凌駕したからであって、憲法第9条が効果を発したわけではない。このようなこと、軍事力が国家の歴史をつくり、自国の独立を守るということはヨーロッパでは常識なのだが、それが通じない人達が今でも極東にいるらしい。。
その、独立に至る10日間の記録ビデオがある。これを見ることができたので、この博物館に来たかいがあった。

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連邦軍の侵入の経路




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当時の軍人の展示



十分楽しんで、町に戻る。

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やはり、川はヨーロッパの町にかかせないアイテム。



で、ここからの行動の目的は一つだけ
Sushi Mamaを探せ
わからずインフォメで聞く。地図にしるしをつけてもらったけど、それでもわかなない。2回前を通ったのにわからない。メインのとおりなのにまさに隠れるように存在している店、やっと見つけた。

ここには日本人の職人さんが2人働いておられた。カウンターで楽しく、いろいろなお話しをすることが出来た。



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寿司の後はビール飲みながら、夜行列車に乗るまで何もすることがないので、バーのように飲み続けた。もっと寿司を食えばよかったなあ。

そのお二人、ほかイタリアやスペイン、ノルウェーやオーストラリアでも働かれていた彼らの話でも、このスロヴェニアという国は、きちんとしたいい国だそうな。

この店、おすすめです。みなさんも立ち寄ってください。

で、駅に戻り、夜行列車で移動。

旅は折り返しへ。

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プーラからのエクスカーション ブリユニ国立公園

7月19日 夜

ホテルの部屋に戻ると、スイッチいれても真っ暗。
最初なにがなんだかわからなかったけど、どうやらブレーカーが落ちたみたいだ。
フロントに行って、廊下のブレーカーを上げてもらう。
しばらくたったら、また落ちた。今度は自分で上げた。
古い建物とはいえ、ホテルでブレーカーが落ちた経験はこれが初めてだ。

7月20日 

ホテルの朝食、チェックアウト、そして、昨日予約したボート

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ボートからみたそのホテル。見かけは立派だ。




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そのボートツアーは、港のすぐ外にある、ブリユニ国立公園という大小14の島々を周遊し、一番手前の島でひたすら泳ぐというツアー。




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食事つき。この魚は焼いてシンプルなガーリックオイルと塩味だけだがなかなかいけた。




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この旅最後の海水浴。飽きるまで泳いで、上がって音楽聞いてまた泳いだ。




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かわいい子発見




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そして、戻った。ホテルの荷物とって、スーパーで買った水とチョコ菓子食べて、夕方のバスでリエカに戻る。

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リエカのユースホステル前の海。工業都市なのでこんな感じ。

夜、特に若者たちの輪にも入れず、とっとと寝て翌朝にそなえる。

続く

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