ライフ イン スウェーデン

スウェーデンでの日々の雑感、旅行記、サッカー観戦記、などなど。

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かつ濱 

9月7日

朝、ボルチモアからニューヨークに移動。

ランチはかつ濱

思い出深い場所である。さくさくとおいしい豚カツをビール一番搾りとともに食べた。

これで今回の旅の目的はほぼ全て果たせた。
牛角2回、ラーメン2回(一風堂1回、山頭火1回)かつ濱1回 シーフード1回
野球3試合、美術館2か所、博物館2か所、日本系スーパー1か所
MLB公式球1個、バブルガム7個、リプケン氏銅像レプリカ、ナショナルズ帽子シャツオリオールズシャツ。
ミシェルオバマ氏のスピーチ、リプケン氏のスピーチ
などなど

ヨーロッパ旅行では味わえない楽しさがある、アメリカ旅行でした。

地下鉄電車を乗り継いでJFK空港

そして飛行機でアムステルダムへ。4時間まってストックホルムアーランダ空港へ。バス電車乗り継いで無事帰宅。


旅ブログは終了。しかし飛行機でみた映画はおもしろかったのでまたコメント書いてみます。

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ヤンキース 6-10 オリオールズ

9月6日

この日はオリオールズにとってとても特別な日だった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120908-00000510-sanspo-base
オ軍祝砲6発!OBリプケン氏の銅像除幕式
オリオールズ10-6ヤンキース(6日、ボルティモア)オリオールズは6発の本塁打攻勢で首位攻防戦に先勝。試合前に行われた2632試合連続出場の大リーグ記録を保持する殿堂入りOB、カル・リプケン氏(52)の銅像除幕式を、白星で祝った。リプケン氏は17年前のこの日、ルー・ゲーリッグ(元ヤンキース)の連続出場記録を更新し「優勝争いで球場も盛り上がっていて、自分も興奮している」と話した。「リプケンさんの銅像が建った日に負けられないし、許されない」と先発のハメルも興奮ぎみ。

試合開始前に、銅像除幕式があり、オリオールズの偉大なOBらが出席しておいた。リプケン氏のスピーチでは、今年の9月は例年とは違いチームの優勝争いでわくわくしている、という話もしていた。

ショートの守備位置の芝の上に、彼の背番号8番がプリントされていた。ライト後方の建物の壁にも8番の数字がスポットライトに当てられていた。

そんな特別な日、入場者には銅像のレプリカが無料で配られていた。私もそれをゲット。

この試合、私はオリオールズのT-shirtsを着てみていた。
敵地でヤンキースを応援していることを明らかにするのは場合によっては不愉快な結果となることは今までの経験で知っているから。

この日のオリオールズの打棒はすごくて、まさに花火のようにホームランが舞った。
周りは大喜び、そんななか1人私はにがわらいをしていた。

今年、私はヤンキースを応援している。そう、イチローの花道、という意味でである。イチローにワールドシリーズ優勝のリングを、現役の晩年を飾るの勲章として勝ち取って貰いたいからである。

そして、この日、ゲーム差1の首位攻防戦、ということもあり、スタジアムは4万人以上のファンが駆け付けた。

シートは三塁後方内野席、8列目といういい場所。

試合前、NYのショート、Jeterが目の前でキャッチボールをしていて、スタンドのヤンキースファンが声をかけた。Jeterが彼の方をじっとみて、まあ、まだそう興奮するな、おちついておちついて、というジェスチャーで答えていた。スーパーヒーローは立ち居振る舞いからしてやはり素晴らしい。

この試合、イチローを応援しているものとしても素晴らしい展開であった。

8回表、満塁のチャンスでイチロー。そこで彼のタイムリーが飛び出し、チームは同点に追いついた!

私は感動と鳥肌がたって、喜びで体が震えていた。斜め後ろのヤンキースファンのおばさんと目が合って、握手した。

ずっとイチローの写真を撮っていたので、隣のオリオールズファンの男性も、君はイチローのファンかい、いい選手だよね。と話しかけてきた。

この後8回裏にオリオールズが一発攻勢でヤンキースをつき話して、スタジアムは興奮のるつぼ。

イチローは3安打でひとり気を吐いた。試合はオリオールズが勝って、私は横の男性と前の女性とハイタッチで祝った(オリオールズファンのふりはしていたので)。まあ、この球場ならヤンキースのTshirtsを着ててもあまりいやな思いはしなかっただろうけど、結局イチローシャツは買ってないままだし、NYに戻っても買う機会はなかった。来年もしまだ彼がヤンキースと契約を勝ち取って私がNYに来たら是非買いたいと思う。

野球観戦はアメリカにしても日本にしてもやはり自分にとっては最高の楽しみである。残念ながらスウェーデンでは野球の放送をみることすら殆どないので、シーズン中に日本かアメリカにいかないとみることはできない。
今後はアメリカにちょくちょく来たいなあ、と思っている。

今回、黒田投手とはニアミスだった。彼はこの前日の9月5日にタンパで投げていたから。残念!しかしいつか彼のピッチングも生で見てみたいものである。(私はメジャーでの日本人投手は、野茂投手、大家投手、吉井投手、韓国人ならサムソンリー投手、独立リーグなら佐野投手、品田投手のピッチングを見たことがある)打者ではイチロー選手と、そして新庄選手は彼のサヨナラヒットを見たことがある。やはりメジャーでの日本人選手の活躍は見ていて嬉しいものがある。

リプケン選手の銅像の写真を撮って、いい気分でホテルに戻った。

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ボルチモア ベーブルース生家 スポーツレジェンド博物館

9月6日木曜日

朝、ワシントンD.C.からボルチモアで電車で移動。1時間弱。

駅から市内無料巡回バスでホテルへ。チェックイン後、早速港にむけてあるく。

港に立っていたら突然激しい爆発音。てっきりテロかと思ってその場にしゃがんだ。実際は12時を知らせる号砲を停泊している船が打った音だった。知らなかったりそちらを見てなかったらそんなこと分らないよ。歩いているおばさんが大丈夫か?と笑いながら話しかけてきたが、大丈夫じゃないと答えた。

そしてシーフードのレストランへ。カニケーキ、クラムチャウダー、カニを食べる。悪くなかったが日本人としてはやはりレモン醤油もしくはポン酢で食べたいところ。

そして歩いてオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズへ。ボルチモアオリオールズの本拠地へ。

ボルチモアオリオールズといえば、1984年に単独チームでエディマレー、カルリプケン選手などが来日。オリオールズの帽子のデザインはその後日本ハムファイターズや阪急ブレーブスがぱくってましたな。

新しい球場といっても20周年とのこと。球場の説明はこちら

ここで2001年4月4日、レッドソックスの野茂英雄がノーヒット・ノーランを達成(レッドソックス 3 - 0 オリオールズ)。両リーグでのノーヒット・ノーラン達成はノーラン・ライアン以来でMLB史上4人目の快挙 BYWIKI

オフィシャルショップでオリオールズグッズを見たが、結局21番のT-SHIRTSを購入。18番の和田選手のものはもちろんなかったしチェン投手のものすらなかった。

歩いてすぐのところにあるベーブルース生家博物館とコンボの球場目の前のスポーツレジェンド博物館へ。

生家ではルースの映像のビデオや彼の使ったグローブなどが展示されていた。
500号ホームランクラブのサインボールには日本プロ野球からは王貞治選手のサインボールが展示されてあった。

ベーブルースはアメリカの野球界で最も愛されたそして今でも語り継がれる選手である。その愛嬌のある体格、そして当時他を寄せ付けないホームランの数。今ではボンズとアーロンに抜かれてしまった記録であるが、人気では圧倒的である。そして子供を愛した数々のエピソード。病気の子供を見舞って彼の為にホームランを打つという話は私も子供のころにすでに知っていた。
手の付けられない悪がきだったルースを学校の牧師さんが野球や職業訓練で教育したという話、そしてルース自身も牧師さんを人生の師と生涯尊敬していたこと。若いころのよき教育者との出会いがいかに大切かがわかる逸話。

レジェンド博物館の展示はまずルースの展示、オリオールズの歴史、そして野球以外のアメフトなどのこの地域の歴史について。
ルースが1934年に来日した時の映像は必見。そして帝国ホテルのシルクのハッピも。
オリオールズの歴史はオリオールズファンには必見。私が知ってる選手はマレー以降だが。
アメフト、コルツがもともとボルチモアにあってそのチームの説明。レイバンズは2001年のスーパーボウルの勝利がやはりメイン。その後のQBの歴史では私の好きなテスタバーデのジャージも展示されてた。

などなど、アメリカの野球やスポーツが好きな人にはたまらない博物館でした。合わせて12ドル。

そして博物館をでてホテルに戻ってそして再び球場へ。この旅最後のイベントはヤンキース対オリオールズ

続く

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シカゴカブス 1-9 ワシントンナショナルズ

ワシントンDCに来た理由の2番目、
ワシントンナショナルズの試合を見ることでした。

ユニオンステーションから地下鉄を乗り継いでボールパークへ。

ワシントンナショナルズというチームの存在を知っているは日本ではメジャーリーグベースボールが好きな人くらいでしょうか。それもイチローや黒田選手がいるヤンキースが所属するアメリカンリーグではない方のリーグなので日本で試合が報道されることもないでしょうし。

私は子供のころから野球が好きで、中学と大学で野球をやりました。見るのも好きで、生まれた時からとある日本の球団のファンで今でも応援しております。高校野球も大学野球もプロも生で見たことがあります。
去年の夏、日本に帰ったときも、4球場で5試合の日本の野球の試合を見ました。
その中で自慢なのは、筒香選手のバックスクリーンへの昨季1号ホームランを見たことですが。

メジャーリーグと私の出会いは、ビッグレッドマシンの異名をとるシンシナチレッズの試合を生観戦したときからです。その日、平日午後の試合だったのですが、私の小学校の担任の先生の言葉「勝ち負けの試合の結果なんかどうでもいいから、アメリカの選手の素晴らしいプレーを見てきなさいね。」という言葉がずっと記憶に残っております。
そしてその言葉をそれからの観戦でも守ってきました。

メジャーリーグでは今回新しいヤンキースタジアムとこの日のワシントンの前まで合計7か所のスタジアムで生観戦したことがあります。まあ、本格的に好きな人はもっと沢山まわっていることでしょうけど。今回この翌日のボルチモアで10か所となりましたが。一番雰囲気がよかったのはやはり歴史を感じるシカゴとボストンです。
ちなみにマイナーリーグの観戦も楽しんだことがありますが、これは違う意味での楽しみと言った感じです。そういえばオープン戦もいったなあ。

新しい球場ももちろん魅力があります。ここワシントンもそう。

さっそくオフィシャルショップで帽子と背番号37番TSHIRTSを購入。背番号37番のピッチャー、ストラスバーグは球界を代表する素晴らしい若いピッチャーです。

この日の登板は背番号47番のジオゴンザレス。左の速球投手。

これもネットで買ってたシートは左翼ポール際。
びっくりしたのは、カブスのレフトを守っていたのがなんとアルフォンソソリアーノ
広島カープ、ヤンキース、レンジャースにいたことは知ってたけど2007年からシカゴだったんですね。
この日も4番打者でしたが3打席ノーヒットで最後は代打だされてました。

この試合、ワシントンが6ホームランでカブスを粉砕。カブスは最終回に1ホームランで9-1

日本はちっともホームランが最近でないという記事を見ましたが、残念ですね。
やはりホームランを見ることが、球場で試合を見る大きな楽しみの一つといっていいでしょう。

ボールの軌道を追いかけて、外野手の動きをみて、そしてボールがスタンドイン!ゆっくりグラウンドを走る選手、盛り上がる球場。最高です。

ワシントンは現在首位を走るチームですが、その打撃の破壊力を見せつけられました。優勝候補筆頭といっていいでしょうね。

この試合が終了するころには、私は一塁側のベンチの真上一列目にいたのですが、試合後、小さなバケツに入ったガムを選手がベンチ上の上の屋根に放り投げて子供たちがそれをゲットしてました。そういう私も7こゲット。

そしてそして、ボールも投げたのですがそれが私の目の前にきてなんなくゲット!

うれしいメジャー公式球ゲットとなりました。これが自身2こ目となりました。昔ゲットしたのは実家の部屋の段ボールの中ですが。

やはり野球の球場での生観戦はアメリカ旅行の大きな楽しみであり喜びですな。

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国立航空宇宙博物館

美術館をでて、公園を挟んだ向こう側にある国立航空宇宙博物館へ。

国立航空宇宙博物館はWIKIによると「、スミソニアン協会が管理・運営するスミソニアン博物館群の一つでもある。航空機と宇宙船関係の展示物を展示している博物館の中では世界でも最大級の博物館である。また同博物館は地球惑星科学や地球地理学、地球物理学などと同じくして、航空学・宇宙飛行の歴史、科学、技術を研究する極めて重要な中央施設である。」
(もうひとつ、スティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センター という別館が離れた所にあり、そこにはエノラゲイが展示されている。いつか行きたいとは思っているが今回の日程では無理だった。)

私がこの国立航空宇宙博物館に来るのは2回目。

前回のこの博物館の心に残っている印象は、航空機もさることながら、ひとりの日本軍人の凛々しい一枚の写真であった。

その写真をもう一度みたくてここまできた。

友永 丈市 海軍中佐
写真と略歴はこちらである。

航空機の歴史はライト兄弟から始まるが、第一次第二次世界大戦と軍事利用の歴史の意義は大きく、この博物館でも第一次、第二次世界大戦、そして、海上航空に関する展示がある。

本物のライト兄弟の飛行機の展示

第二次世界大戦の展示では、日本の零戦が展示されている。そして、東京へのアメリカの空爆の説明もある。

海上航空の歴史では日本との戦いがメインである。レイテ沖海戦やミッドウェー海戦、硫黄島の戦いなど。当時の映像記録も見ることが出来て、他の日本人の方も熱心に見ていた。

もちろん、日本人にとって辛い映像や写真の展示ではある。

アメリカはパールハーバー奇襲を日本の卑怯な攻撃としているが、それ以降の海戦や戦いに関しては、もちろんアメリカが結局勝ったこともあるが、戦いの記載は偏ったものではない。

戦いには双方大義があり、しかしながら、亡くなった自国の軍人を弔う、そして戦った相手の国の軍人に対しても敬意をもつ、というのが国際的な常識です。

私はオーストラリア、キャンベラの戦争博物館にいったことがあります。
オーストラリアにとって当時の日本は、本土に急襲してきた敵、そしてシドニーに潜水艦を侵攻させてきた恐るべき国です。
しかしながら、その展示では、日本軍人の勇気を称えて、亡くなった日本人の潜水艦乗り組み員を手厚く弔ったという記載がありました。

ネットではこちらから引用
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/nagoshi/nikkan_696.htm
「第二次世界大戦中、日本海軍はオーストラリアのシドニー軍港を特殊潜行艇という小さな潜水艦で奇襲攻撃しました。オーストラリア軍はその勇気に敬意を表し、特殊潜航艇を引き揚げ、昭和十七年五月三十一日、戦死した四人の日本軍人(松尾敬宇大尉ら)を海軍葬の礼をもって弔いました。海軍葬の推進役になつたシドニー地区海軍司令官のモアヘッド・グールド少将は、「これらの日本の海軍軍人によって示された勇気は、誰もが認めるべきであり、一様に讃えるべきである。このような鉄の棺桶に乗つて死地に赴くには、最高度の勇気がいる。これら勇士の犠牲的精神の千分の一でも持って、祖国に捧げるオーストラリア人が、果して何人いるであろうか」と弔辞を述べました。」

戦争において、一般民間人への無差別な空爆や原子力爆弾の投下などは許しがたい行為だと思われます。もちろんそれも含めて戦争なのですが。

スウェーデンの軍事博物館。最初に入る部屋では、「人間は昔から戦争をずっと続けてきた。戦うのが、戦争するのが人間である。」という現実を子供に知らせるところから始まります。
数年前まで徴兵制があった国ですから、国が軍事力を保持して敵に対して備えるというのはヨーロッパでは大国だろうが小国だろうが当たり前のことです。かなりの長い年月戦争をしていないスウェーデンでもそういう理論です。私は海外旅行にいくとその国の軍事博物館には可能な限りいくことにしております。そこでその国の歴史の重み、そして国家の歴史とは血と闘いの上にのみ存在するという現実がわかります。

日本では憲法第9条があるから平和だと思っている人がいますが、それは間違いで、日本が平和なのは自衛隊(日本の海軍、空軍、陸軍の軍事力)があるからです。日本ではきれいごとを唱えたら、友愛を唱えたら他の国は攻撃してこないと思っている政治家がいますが驚きです。そして現在の日本は周辺国いずれとも現在進行形で国境紛争を抱える世界でも珍しい国なのですが。

話は戻りますが、私は12年前の夏、このスミソニアンの国立航空宇宙博物館で友永中佐の写真をみて、激しく心を動かされたのですが、その場所に再び戻ってこられて非常に感慨深いものがありました。

私は、98年にサイパンに行ったときには、テニアン島に行きました。そこで長崎と広島に原爆を落としたB29の発進した滑走路を歩きました。目を閉じると、広島、長崎に向けて飛び立ったB29が脳裏に浮かびました。人間がもっとも残酷になった日が1945年の8月でした。

私は戦争を愛好するものではありません。しかしながら、古今東西戦ってきた兵士には敬意を忘れないようにしております。原爆投下が戦争終結とは関係ない不必要な人体実験であることは間違いないと思っておりますが、責められるのは作戦を決定した人でしょう。

アメリカと日本が現在このような関係があるのは、日本が全力でアメリカに立ち向かった、戦ったからだと思っております。戦うということはもちろん失うものも大きいですが、それでなければ得られないものもあると思っております。それは現実の戦闘にかぎらず、わらってなーなーですませることが他国との関係を維持するわけではありあません。

私が今こうやって生きているのは、日本の歴史の上で生きてきた名もなき人々、そして戦って亡くなられた多くの方々のおかげである、ということは常々思っております。私は日本に帰って東京に滞在する時は、可能な限り靖国神社に参拝しております。

昨年夏は、鹿児島県知覧に行く機会がありました。そこには知覧特攻平和会館があります。多くの特攻でなくなった方々の遺書や写真は涙なしには見られませんでした。しかし、日本が歩んできた歴史を日本人は知るべきでしょう。日本に住まれている方なら週末でいけると思います。是非いってほしい場所です。

話をワシントンに戻します。宇宙に関するコーナー、やはり60年代からの宇宙への歴史の展示とビデオは非常にわくわくしました。

この国立航空宇宙博物館はやはりワシントンDCでのおすすめNo1でしょうね。ちなみに入場無料。

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