ライフ イン スウェーデン

スウェーデンでの日々の雑感、旅行記、サッカー観戦記、などなど。

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約束の冬 宮本輝 

宮本輝は大学生時代によく読んだ。
とても好きな作家だった。
社会人になっても読んでたが、ある日読まなくなった。
私もよく知っている場所の風景描写がありきたりでぶちぎれたからである。

まあ、それだけ彼への期待度が高かったのかもしれないが。

そして、ほぼ10年振りに彼の作品を読んだ。

約束の冬

蜘蛛が飛ぶなんて知らなかったし、それを「雪迎え」ということも知らなかった。

この作品を一読して、懐かしい、「宮本節」というようなものを感じた。
けなげに生きる人、先人の言葉の意義を人生に生かそうとする人、命の尊さを知る人。
痛みからたちあがろうとする人。信念を持って生きる人。実直な人、大昔の約束を守ろうとする人。
「いい顔」をしている人。美しい人。外面も内面も。

あとがきに「このような人が自分の近くにいてくれればと思える人物だけをばらまいた」と書いてある。
まさにそんな感じの登場人物群

最初、ネタバレありと書いたが消した。

読み始めたら、結末がどうなるかすぐわかるからである。

その「約束の冬」の地へ10年間の心の動きの説明はない。

あなたは10年前の約束を守れるか?そもそも覚えてないだろう。

会うこともなかった月日に何を支えにしていたのだろう?ま、それが小説というものか。

「人は何を拠り所にして生きていくのかを問う、宮本文学の新しい傑作」とバックカバーにある。

人との交流、心のふれあい、今までの人生の積み重ね、そして、前に踏み出す勇気。
そんなところだろうか。

本編の主人公は54歳のおっさんと32歳のおねえさん。私はその間のどこかなのだが(笑)、何が拠り所かというと即答できない。しかし、今ここにいるまでに若いころからの自分がしてきたこと、そしてその自分を支えてくれた人たち、それらの積み重ねの上を、先の見えない世界にむけて歩いているという感じだろうか。

ところで、スウェーデンでも蜘蛛は飛ぶのだろうか?私は今まで見たことはないが。
雪迎え、この時期、もう寒くなったのであまり外に出る時間はないが、見かけることができるだろうか。

しかし、実は最後のどんでん返しにみごとひっかかった。これは予期せぬ付加価値となった。

昔好きだった彼の作品群を読み返したくなる一冊。

余談、昔彼の講演を録音したものを聞いたことがありました。
大学か予備校の国語のテスト、彼の作品が題材で
「ここでの作者の意図を述べよ」
という問題に対して彼が書いた答えがことごとく間違っていると採点された。
そんな部分もあるユニークな講演でした。

青が散る、のラストには胸が苦しくなったなあ、女性なんてきらいだあ、みたいな。

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今日は氷点下でした。夜、外にはうっすら雪が積もってます。

ここに引っ越してきたときが雪の季節だったので、またそういう季節になったかと言う感じです。
私は寒いのは嫌いでハワイが好きなんですが、寒いのも暗いのも慣れました。慣れない人ももちろん沢山いるとは思いますが。逆に夜遅くまで明るいのがイヤ、という意見もよく聞きます。

先日知人が日本に帰国しました。
きちんと結果を出しての帰国。感服しました。
多くの留学生、行く人来る人を見てきましたが、期間内に結果を出した人はそれほど多くありません。
当たり前ですが、研究にはあたりはずれがあるし、あたりとしてもでかければ予定期間よりも延長することもあるでしょう。そして延長したらそれでうまくいく場合と行かない場合もあります。
こちらでは短期長期の休みや育児や病気やなんやかんやで自分の回りが自分の期待通りに動いてくれないことが多々あります。それらの不確定要素は留学先にもよるのですが、これはスウェーデンリスクといってもいいでしょう。そのリスクを上回るメリットが常にあるとはいいませんが、ないことはないでしょう(曖昧)

そう、10月23日、依頼原稿の締め切り日でした。
7月半ばに依頼を受けてからの3か月、共同執筆者と上手く役割分担しつつ、なんとか仕上げました。
前にも書きましたが共著者はその分野の専門家ですが、私からしたら専門外。彼の指導がなければもちろん不可能な仕事でした。前回のエディションから今回のエディションまでの間が12年。その分野はまさに日進月歩なので私どもの書いた今回のチャプターも10年もしないうちに古いものになることは間違いありません、が、そのような急速な進歩が続く分野でも、今日わかっている事実やテクノジーを記した一里塚としての意義はあるでしょう。巨人の肩の上に立つ、というgoogle scholarの言葉はWIKI引用で「現代の学問は多くの研究の蓄積の上に成り立つ」ということですが、その蓄積を客観的に定期的に確認することは大切でしょう。

ところで、依頼原稿なのでPeer review(査読)はないし、没になることも(多分)ないのですが、その分、第三者のコメントや批評がないのは逆に怖いものです。そして、acceptという文字をみてのあの喜びもなく、アップロードして、エディターから、受け取ったよ、というメールで終わりでした。

今日のニュース、スウェーデンのマデレーン王女ご婚約。彼女は前回婚約破棄という辛い思いをしているのですが、是非幸せになって欲しい所です。
ちなみにその発表動画はこちらhttp://www.youtube.com/watch?v=LNqkxurE7vE
石原慎太郎氏都知事辞任国政選挙へ。80歳の挑戦。どうでるか?
日本のプロ野球。ドラフト会議。各球団様々な思いがあるでしょう。
やはり、松井選手のドラフトでの巨人指名が最も印象に残りますね。次点は桑田清原の明暗。

先日、またとあるセミナーに参加。その後のbuffeでは食い足りないので数人で2次会へ。結局そこでも食べずにビールを空腹の腹に流し込んだという感じです。いろいろ語り合いなかなか楽しいひと時でした。セミナーでは新たな出会いや、ご挨拶したかった方にする機会があり、有意義でした。

余談、数年前、学生さん(女性)がとある会で名指しはしてないけど読めば私とわかる人と出会えたことがよかった、みたいなことをマイナーな何かに書いて、帰国した研究者知人がたまたまネット上でそれを見つけて、知人にばらまいて、それで前住んでた町で面白おかしく噂のネタになったことがあります。残念ながらその後なにもなかったのですが。

というわけで雪の季節なのですが、風邪をひかないように注意しないといけないですね。

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ガラスは割らないように

2週続けて月曜日には以前勤務していた施設に行かねばならなかった。
先週は夕方、電車トラブルが頻発のこの国では大切な要件の場合はとにかく早く目的地に着かねばならない。
ということで1時間早く着いたので、噴水の公園の横のカフェでコーヒーを飲みつつ読んだのが、先日紹介した「さよなら妖精」前も書いたけど私はスウェーデンのコーヒーがあまり好きではないので自分でお金を払ってコーヒーを飲む機会はめったにないのだが、場所代として注文。ちなみに、カフェの窓から水鳥の泳ぐ秋の噴水の公園が見えたり、その向こうには以前こちらにこられていた歴史の先生と一緒に飲んだことがあるバーなどが見えたりと悪くはない。
今朝、郊外電車で、二人の若い女性が大きな声で馬鹿話しをずっとしていた。
真後ろででかい声を出されて辟易としていた。前の男性も振り返ってみたが、誰も注意しない。
次の乗り換えた電車では近くの人のイヤホンの音ががんがん漏れている。
この国の公共の場所はこんなシーンが結構多い。あまりそういう教育をしてないのだろう。
今日は朝のミーティングで昼前に終わったのだが、電車が目の前でいってしまったため、町でランチ。
私のこの町でのランチは一択。そう、日本食レストランである。
11時20分ころ、私が最初の客みたい。愛想のいいタイ人女性のいらっしゃ~いという笑顔、そして、受付のお兄さん、多分タイ人も、HEJ! ずいぶん久しぶりじゃないか!!と笑顔で迎えてくれた。まあ、彼が本当に覚えていてくれてるかどうかは不明だが、引越し直前に集中してきてたので覚えているのかもしれない。同じ顔をした日本人はこの町ではあまりいないだろうから。
食べたのは焼肉定食。ここの味は悪くない。最初、タイ料理屋が作る日本料理は、と敬遠していたのだが、値段と味のバランスはランチならこの町では悪くはないので、一度きてから何度か足をはこんだ。
席に座ると、店の大きな窓ガラスが割られていてテープで張っているのが見えた。受付の男性に、割られたのかい?と聞くと、多分酔っ払いの若者に石を投げられたのだろう。2重ガラスだったので店内には侵入はされなかったが、と残念そうに語った。
スウェーデン、週末の夜のガラス破壊はまさに風物詩。ストックホルムで実際目の前で店のガラスをわっているシーンも見たことがあるし、アクリル製のバス停の破壊はもう数えきれないくらい見てきた。私は「リアル尾崎豊の卒業から抜け出せない国」だとこの国を揶揄しているが、実際は、鬱々と内部に抱えている破壊衝動をお酒のアシストであっさりだしてしまうのだろう。ちなみに破壊衝動は何も物にだけ向かうわけではない。何度も言うが、私は週末の夜のこの国を必要がなければ絶対歩かないようにしている。
ちなみに隣の建物の一階のガラスも割られていた。
満足して店を出た。帰りの電車は空いていたのだが、かなり遠くに座っている男性が携帯電話で、こんなにでかい声で話す必要があるのか?と言うくらいの大音声で話し続け大声で笑う。
前の四人席に乗ってきた若い男性が、頭の上の棚に濡れたTshirtsを乾かしたいのかぶら下げて、それがひらひら揺れている。
馬鹿でかい声の携帯電話に揺れるTshirtsの昼下がりの郊外電車。
やれやれ

ツイッターで「等身大のスウェーデン」についてつぶやいたので、こちらで、見た目通りのこの国の様子を描写してみました。

そういえば、駅前の新しいホテルがいよいよオープンしてたのかな。駅の周りはこの数年でがらりと変わりました。だからといって退屈な町にはかわりありませんが。

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生きる悪知恵 西原理恵子

先日、セルゲル広場横のバーバルセロナで夕食会



このレストラン、日本人の集まりで私が幹事をする場合のファーストチョイスでした。
ちょっとしたバーとても使えます。
歓迎会、飲み会、送別会、などの2005年からの様々な楽しい思い出が詰まっている場所でもあります。
この日もおいしくいただきました。とくに海老がぷりぷりでした。
また、自分の知らない世界を体験している方のお話しを聞くのは、まさに冒険譚を聞くようにドキドキしました。

^^^^^^

生きる悪知恵 西原理恵子

借りてきた本を読みました。
彼女のマンガは好きで昔から読んでました。
彼女のマンガは彼女の生きてきた世界や家族環境とは切り離せない独特の世界があります。

そんな彼女の人生相談への答え。

昔、プレーボーイやホットドッグプレスなどの雑誌で北方謙三らが人生相談をしておりました。
ようするに読者の悩みにこたえるというやつ。
記憶にあるのは、回答者がアントニオ猪木だったり、元横綱双羽黒の北尾氏だったり。
北尾氏の場合、「綱に聞け」というお題でした。内容はちっとも覚えてないのですが、いま検索したら、もてないのでどうしましょうという悩みに対して、おれは横綱になったらもてた、と答えたとの記憶による記事(本当かどうか知りませんよ)にヒットしました。

多くの人に記憶にあると思われるのが、FMラジオ、日曜日の午後、ユーミンの番組

読者の女性の投稿、ながったらしい自分語りを読んだ後、ユーミンが毒にも薬にもならないコメントをつける、というおなじみのコーナー。

多くの似たような手紙が没になってるんだろうなあ、とそちらの方に思いをはせたりしました。

ユーミンの前後が福山正治のスズキトーキングFMでどちらも楽しませてもらいました。
ドライブの車の中だったり、自分の部屋の中だったり。
(私の日本での記憶は2005年3月で終了しております)

私も若いころは悩みだらけで人に相談したがってました。
しかし、「悩みを話す」というアクションで心を落ち着かせていたように思いました。
そのアドバイスに全く記憶がないということもあります。
そして、もう少し年をとって、人に自分の悩みを打ち明けることのデメリットを思い知りました

今の悩みなら、もっとスウェーデン語がうまくなりたい、話せるようになりたい、というものですが
これだってそれに対する対処法(毎日こつこつ勉強、テレビにラジオに会話。)もわかっているわけで、それができないから上達しないわけです。

で、この西原さんの本。
もっと過激かと思ったらそうでもなかったです。
元ご主人や仲間のネタ(ゲッツ板谷さん)などが入っているのはファンとしては面白かったです。
ポイントとしたら「嘘も方便」という点でしょうか。
帯の言葉も「正直者よりウソつきになれ」です。

それも一理あるでしょう。

例えば毎晩お酒に付き合わされる上司のお誘いをいかに断るか。
妻が怒っている、という本当でないストーリーで断るというのは決して「悪いウソ」ではない、ということです。

妥当なやり方だと思いました。

お子さんがふたりいるので、子供の事に関する質問への回答はユニークで楽しめました。

「スナックのママになったつもりで」くだをまくよっぱらいやうっとおしい教師(笑)にいかに相手が気分を害さないように対処すればいい、という点はうなづけけました。

日常でストレスを感じるとしたら人間関係。簡単に切れないし怒らせたら自分の将来がやばくなる相手に対してどう対処するかというのは社会人にとって大きな悩みですが、そのプロがスナックのママで彼女らのテクニックにヒントが隠されているということです。
まあ、スナックにいったことがほとんどないのでそこは連想するしかないのですけどね。

以上の2点が役に立ったかな。
あっというまに読めるので、ファンの人にはおすすめかな。

私事ですが、私がいままで相談を受けてきたことといえば、留学にかかわるより具体的な住宅情報などです。
一回だけ、留学直前になっても住むところが決まらず絶体絶命の御嬢さんを助けたことがありますが、それはたまたまで、ほとんどの場合、力になることはできませんでした。ただ、人気のアパートに早めに申し込んだ方がいい、というようなアドバイスで感謝されたことはあります。
もちろん、軽い、今後どうしたらいいか、という話はすることがあります。
私のポイントは

いやな思いをしてまで海外に住むことはない。いやになったら帰国。
適切な帰国のタイミングを逃してはならない。

でしょうね。7年半お会いしてきた日本人の方々は「ほぼ」問題なく対処されてきたと思います。
自分の人生なので自分でどう行動するか判断するのが当然ですし、それは本人が一番わかっていることであり、ただそれを外から指摘してやっぱりと思うことは意味があるのかもしれません。

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2012年 ノーベル文学賞 発表会場

今日はOFFだったのでランチをNAGANOで。

その後、13時からノーベル文学賞の発表だな、とりあえずいってみるか、とガムラスタンのノーベル博物館へ。プレスカンファレンスはここですか?と聞いたら、裏だ、ということで行ってみた。なんとかその会場に入ることが出来た。

建物の3階、ある程度混んでいる中くらいの広間。多くのマイクとテレビカメラが待っている。スウェーデンアカデミーの人が話すであろうテーブルの前にはすでに日本人か中国人かわからないがアジア人テレビクルーが占拠していて、その発表する人の姿はとても見えそうにない。そして実際見えなかった。

そして、13時、後ろの扉が開いて、アカデミーの人がマイクの前へ。

「それでは、発表します。今年2012年の ノーベル文学賞は、、」

そこで、スウェーデン語で中国人男性作家を意味する、
”den kinesiske författaren” という言葉が耳に入ってきて私はひとりがくっと膝を落とした。

MO YANという言葉とともに、前方にいた中国人クルーから歓声の声が聞こえた。

しばらくして部屋の横の扉が開いて、机と棚が設置され、受賞者の情報をかいたプレスリリースの紙(英語スウェーデン語と後何語か忘れた)が棚の上においてあり、テーブルの上にはMO YAN氏の本が並んで展示された。

しばらく残念な気持ちが続いた。日本人が久々にノーベル文学賞を受賞する、その発表を生で聞くという絶好の機会だったのだが。。

しかし、発表の際のどきどき感、思い返せば、昔の日本レコード大賞や最優秀新人賞の発表の瞬間のどきどき感、ここ数年そのような感覚をえることがなかったのだが、誠に刺激的ではあった。また彼が候補に残って(アジア人2年連続はないだろうからね)、その時私がストックホルムにいて、そして仕事が休みというラッキーが重なる事態が来るかどうか先の事は不明だが、ま、そういう日がくるかもしれない。

ま、死なない限り候補者でいられるこのノーベル文学賞、3年後くらいに期待しましょう。

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Per Anders Fogelström : Stockholm series

Per Anders Fogelström という作家を紹介します。

WIKIから引用 (http://en.wikipedia.org/wiki/Per_Anders_Fogelstr%C3%B6m)

Per Anders Fogelström (1917–1998) was among the leading figures in modern Swedish literature. He spent his whole life in Stockholm, and the most famous of his many works is a series of five novels set in the city he dearly loved, describing the lives of successive generations of Stockholmers between 1860 and 1968:

彼は1860年から1968年のストックホルムの家族模様を描いた5部作で有名です。

それらは下の5作。最初の3作は英語に翻訳されているとのこと。一作目は76年に映画化もされているとのこと。

Mina Drömmars stad (City of My Dreams), published in 1960, covers the period from 1860-1880.
Barn av sin stad (Children of Their City), covers 1880-1900.
Minns du den stad (Remember the City), covers 1900-1925.
I en förvandlad stad (In a Transformed City), covers 1925-1945.
Stad i världen (City in the World), covers 1945-1968.

一冊目の Mina Drömmars stad が、ストックホルム大学でスウェーデン語を勉強した時の課題図書でした。授業では細かい登場人物の行動や背景についての質問にも答えないといけなかったため、辞書を引きながら必死で読みました。授業ではこの一冊だけでしたが、残り4冊も必ず読もうと心に決めておりました。

貧しいながらもたくましく生きる,町、港湾の労働者の家族模様が、そしてストックホルムの季節の移り変わり、春から夏、そして秋から冬の様子が美しくそして時に悲しく描かれておりました。

そして2冊目のBarn av sin stad では、1冊目の主人公の子供たち、男の子と女の子の成長記でした。貧しい子だくさんだったため養子に出された長男の生き様、12歳から働き始めた長女のその後の苦労、これも読みごたえありました。章の初めには、その世相のナレーションもあります。時代が急速に動き始め、町がどんどん近代化されていった時期です。また、ふたりの弟も夢を追って生きております。

3冊目は、さらにその下の世代が育ってきます。全編で、酒におぼれて家で子供に暴力をふるうとんでもない知人の家族や、革命を夢見る人、移民としてスウェーデンを去っていく人などが登場します。それらの人達と主人公たちの絡みもわくわくする点です。時代背景的には第一次世界大戦の時期も含んでおります。

先日やっと3冊読み終わり、4冊目に入ったところです。正直、読むペースの遅さは情けないのですが、バスや電車、寝る前など読んでます。こういった大河ドラマ的な小説は、やはり、感情が移入されてしまいます。エミリーの誠実な生き様には強く心を打たれます。そして、可愛い子供だった彼女が老いに向き合い、そして新たな世代が育っていく、病に倒れるものもいる、その繰り返しの中で、人々はそれぞれの家族にとってのそして社会にとっての役割をはたしていかなければいけません。
また、ストックホルムが舞台で、通りの名前も古いレストランなども今と同じ名前なので、親近感もあります。

スウェーデン語の勉強をしている人にはおすすめのシリーズです。ペーパーバックがどこの本屋でも売っております。
ちなみに並行して1Q84のスウェーデン語翻訳版も手元にあるので読み進めたいところです。

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さよなら妖精 米澤穂信 ネタバレあり

さよなら妖精 米澤 穂信作を読みました。

商品の説明
出版社/著者からの内容紹介
一九九一年四月。雨宿りをするひとりの少女との偶然の出会いが、謎に満ちた日々への扉を開けた。遠い国からはるばるおれたちの街にやって来た少女、マーヤ。彼女と過ごす、謎に満ちた日常。そして彼女が帰国した後、おれたちの最大の謎解きが始まる。覗き込んでくる目、カールがかった黒髪、白い首筋、『哲学的意味がありますか?』、そして紫陽花。謎を解く鍵は記憶のなかに――。忘れ難い余韻をもたらす、出会いと祈りの物語。気鋭の新人が贈る清新な力作。


いつものことながらネタバレ全開です。今後読む予定の人はここでさようなら。



初めからすごく読みにくい作品だった。
高校生ってこんな感じの感性だったっけ??と遥か彼方の記憶を呼び起こしてもどうもしっくりこない。
主人公のマーヤとであうまでですでに数週間放置でした。

その後も読みにくかった。ミステリーときいてたのにどこがミステリーなのか最後の章までわからなかった。

で、この作品、「ユーゴスラビア」に私は合計3回いってるので、その点では親近感がある内容ではありました。
私が行った国は、クロアチア、スロベニア、そう、最初に独立戦争を起こした国々
そして、セルビア、モンテネグロ。ただしこの2国はセルビアは1時間、モンテネグロはバールという町を数時間。
しかし、バール鉄道の夜は強烈な思い出となっております。
その時のブログはこちら。
http://plaza.rakuten.co.jp/goikenban/diary/200708040002/
http://plaza.rakuten.co.jp/goikenban/diary/200708050000/

ミステリーの謎解き自体は、へーそうですか、という感じ。
私は謎解きを外しましたが。

で、主人公が生ぬるい感覚で、高校時代も、そして1年経った大学生になっても、ユーゴにつれてってくれ、ユーゴにいく!と息巻いてるところが、まあ、正直、共感しなかったわけですが、確かに、今まで田舎の地方都市に生きていた青年が、大きな世界の流れに接した時、いてもたってもいられない、という感覚はわからないでもないですが。しかし、そこで飛び出したからと言って若造にできることなどなにもないのです。

しかし、ボランティアでユーゴに渡り、その後また再び帰ってきてクロアチアに永住へ、という方にはお会いしました。
そう、宿の女将さんですが。

その点、主人公の男の友人は、自分の出来る範囲での最大限の努力や手助けは惜しまないという常識人でした。

で、最後の結末、鳥肌を電車の中で読みながらたてました。

そこは書きません。 それを知りたかったら、BookoffへGOでしょう。

小説の半分以上を1日で読み切った作品でした。
登場人物の誰にも入れなかったし、高校生が深酒してんじゃねーよ、というのも減点でしたな。
連邦維持や独立への信念もどっちつかずでしたな。

この文体や若者の描写が普通なら、この作家の他の作品をあまり読みたいとは思わないのですが、まあ、もう一作くらいは読むかもしれません。

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イモトアヤコさんのマッターホルン登頂

イモトアヤコさんという方のことは全く知らなかったのですが
今回、番組の企画でマッターホルンに登られたということを知り、彼女がでた番組をネットで探して動画で見ました。

感動しました。

年をとって涙腺もゆるくなったこともあり、目頭を赤くしながら見ました。

私の旅ブログ、「ツェルマット旅行記  ヘルンリ・ヒュッテ(小屋)」に書いたように、登頂のベースとなる小屋までのハイキングを昨年楽しみました。しかし、こんな怖い思いをしたことはいままでなかったというくらいでした。
何が怖いか、落ちたら死ぬ、という状況で上だけをみて歩くということは、言葉では簡単だけど実際は難しい。スイスの山は歩きたいけど、命を懸ける気まではありませんでした。
そして、そのヘルンリ・ヒュッテからマッターホルンを見上げると、多くのグループが登っておりました。
しかし、彼らは私とは違う次元で山に対峙していることは明らかでした。

そして、ガイドさんが予約がいっぱいで、天気がよくてまさに登山口にいても登れない、日本人の方の悔しそうな表情も忘れることが出来ませんでした。

そして、この番組をネットで見ました。

日本でのトレーニング、登山試験合格、トレーニング、そして本番。

あのヘルンリ・ヒュッテに宿泊して次の日の朝、彼らは出発しました。

彼女も出発前に頭が痛い、高山病かな、と言ってましたが、私もスイス旅行、高い所にいくたびに高山病の症状がでてました。

そして、私が見ただけで唖然とした登山口、崖を上って彼女たちは出発。
そして、途中足の痛みや疲労にも負けずに見事に登頂成功。

彼女の言葉、ブログから引用
「けどいざ、登り始めるともう前しか見えないんです。
というか前しか見ないんです。そうしないと自分の弱い心に負けてしまいそうで。」

弱い心というよりは、ズバリ、振り返ると現実としての死の恐怖がそこにあります。
振り返らなくても、稜線から右を見ても左を見てもそこには滑落したらどうなるか、という恐怖があったでしょう。

しかし、彼女は頂点を極めた。
「そして、そうやって前だけをみて頂上に到着した時、もうめちゃくちゃ気持ちいいんですわ。
そしてどっと安心感が湧いてきて、心から登って良かったって思えたんです。」

私は高校の時登山部で、マッターホルンからしたら小山のようなもんだけど、県の大会で一応朝早朝から起きて出発してたどり着いた山があります。その山頂で吹き抜けた風はやはり忘れることはできません。

比べるのも失礼ですが、彼女の高いレベルでのその達成感は、まさに人生でも最高の瞬間だったことでしょう。

彼女たちはヘリコプターで山を下りました。

マッターホルンの悲劇、そう、初登頂のグループは滑落事故を起こしております。

上るよりも下る方がはるかに難しい。マッターホルンは下から見てもそれはわかります。
彼女たちがヘリで下ったことは賢明な判断だったと思いますし、それで彼女の偉業への私の感嘆が減るわけでもありません。

みなさんも検索してこの動画を見てみてください。

月並みですが、人生の歩み、チャレンジも登山と似ております。
目標にむけて、前だけを見て、歩き続ける。歯を食いしばり、そして、へこたれない。

そういった気持ちを思い返すこともできました。

私の旅ブログ、「ツェルマット旅行記  ヘルンリ・ヒュッテ」写真つきです。
http://lifeinsweden09.blog65.fc2.com/blog-entry-1326.html

イモトさんのオフィシャルブログ
http://ameblo.jp/a-imoto/entry-11368229014.html

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日曜日の午後 党首討論

今日、臨時で働くことになり朝から職場にいって午後2時に終了。外はいい天気

食事はまだだったので外で食べるのもよし。

しかし

ストックホルム中央駅にでて町を歩いたところで、空腹でも日曜日午後2時に入りたいレストランがこの町には

皆無

なんですよ。

皆無

そういう世界もあるわけなんですわ(笑)

というわけで帰宅してそばを食べて一息。

そこから行く場所は近所のモールで買い物。

職場からでたときは、こんな時はたこ焼きが食いたいなあ、と思ったので夕食はたこ焼き。

安物のたこ焼き器があり、すでにコーティングが終わっているのかよく焦げるのですが、今日はばっちりでした。

夜テレビをつけたらこちらの政党の党首が勢ぞろいして党首討論をやってました。
失業問題環境社会保障年金教育などがテーマ

やはり一番おもしろいのが移民問題。
Dn.SEにその時の討論の流れがアップされてますので、読める人はどうぞ。
最近はGoogle翻訳にコピーペーストしてもほぼ意味はわかるでしょうから興味がある人はどうぞ。

現実問題として、スウェーデンにシリアからの難民申請が殺到しているそうである。そして、首相も、移民の流れが増えることで社会のコンフリクトが深まることも認識してました。
しかし彼は"Men utan utlandsfödda hade vi inte haft det välstånd vi i dag har i Sverige."「しかし、外国生まれの人の力がなければ我々の今日のスウェーデンの繁栄はなかった」とポジティブに〆ました。具体的には中国インドロシアの国の名前を挙げてました。
移民制限を主張するスウェーデン民主党党首に左党党首から「あなたのところの政策は非人間的だ」と挑発的な言葉がでました。それに対して「あなたのいうところの人間的な政策て、スウェーデンができるかぎりの移民を受け入れるということでしょうか」と返してました。

誰だっていい人になりたいけど、いい人っぽい政策をとるにはお金がかかるわけで、そのお金は天から降ってくるわけではない。もちろん、本人やその子孫が頑張って働いて税金を払って国を盛り立てていってくれたらそれでいいわけだけど、現実問題として現在のこの国の若者の高い失業率は移民が原因の大きなもののひとつなのは首相も認めているところ。ただのスウェーデン語教育さえうけたら雇用してもらえるというわけではない。また、子だくさんなのは間違いない。補助が沢山もらえてうらやましい限りである。


しかし、そういった現状を認識して発言していたのは首相とそのスウェーデン民主党党首だけだったね。といういつもの展開。前回の選挙で初めて議席を獲得したこの党。ノルウェーの事件の影響を受けそうではあったが、次の選挙で議員を増やすのか減らすのか、国民の判断(移民系の有権者の割合はこれから爆発的に増えるだろうけどそうなる前の段階での)がどうなるのかは興味ぶかく見守りたい。私の予想としては、議席は増えると思っている。

そんな日曜日の夜でした。討論が終わった後左党とスウェーデン民主党の党首がすぐ握手していたのはちょっとがっかりだったけど。

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晩餐会

先日年に一度国内の関係者が集合する会合があった。今回の主幹は私の施設。
日中は講演で、夜は晩餐会。
私は夜から参加。



場所は、ガムラスタンにある船。
この中の上階がフロアで下の階が文字どおりシアター、講義室みたいになってた。


IMG_2162.jpg

会食中のみなさんを上から撮ったもの。




IMG_2173.jpg

で、メインディッシュ
お肉、牛肉だそうな。その下にリゾット
パリパリにした生ハム。
そして、、、

ねぎいっぽん、ぼーん。根つきで。生。

これにはさすがの私もたまげたよ(笑)

今までの人生でこのような組み合わせはみたことなかったな。

日本のレストランで同じもの出したらその店つぶれるんじゃないかな。

ま、ネギ大好きの私は肉と一緒においしくいただきました。周り見渡したらほとんど誰もねぎ食べてなかった。

隣のテーブルには4月までいた施設のみなさんがいて、半年ぶりの再会。いろいろお話した。
vi saknar dig. (We miss you)
といってくれた。田舎のその職場の雰囲気自体には不満はなかったし、よくしてもらった。

食事の合間にはクイズや歌の出し物。若手が担当。
いつもとは違う派手な衣装の同僚女性の雰囲気の違いに驚く。

そして、お偉いさんのスピーチも。この国のこの分野のパイオニアで世界的な権威の方。

この会合にくる関係施設は国内で5か所なので日本の同じ会合に比べたらはるかに規模は小さいけど
やってる仕事の歴史や量、成果に関してはこちらのほうが上。だから私がこの国にいるわけだけど。

デザートはアイスクリーム。
次の日も仕事だったので早々に退出。口の中にはネギの香りが漂ってました。

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