ライフ イン スウェーデン

スウェーデンでの日々の雑感、旅行記、サッカー観戦記、などなど。

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1973年のピンボール 村上春樹

「風の歌を聴け」の続編 古い作品なのでねたばれもなんでもありで感想をかきます。

風の歌を聴け、よりは個人的には面白いな、と思った。この本に関する記憶は、双子の女性、だけだったのだが、番号、うーん、207と208だったかな?と予想しながら読んだら1ずれてた(笑)

相変わらずこの作品でも鼠には全く感情移入できない。
主人公はなんやかんやいいながらもきちんと働いているのがいい。
いっしょに働いている20の女性も、悩みを海老をくいながら打ち明けてその後、自分なりの方向性を打ち出したのだろう。
作者は小説のはじめに、出口がなければ、文章を書く意味なんて何もない、と立場を表明している。
その出口、を作者がどう捕らえているのかは、それ以降の作品などで読者が見出さないといけないのだろうけど、私が覚えている限りでは世界の終わりとハードボイルドワンダーランドの「出口」は切ないものだったが、、

この作品でのクライマックス、ピンボール台との再会は結局彼にとって、その場所を立ち去るとき、振り返ることも無い、というものとなった。
自分が打ち込んだものとの関係性が数年後に全く変わってしまうということよくある。
とくに、人と人との関係においては。
結局、ピンボールとの再会は過去との決別となり、鼠は街をでて、双子はもといた場所に戻る。
突然主人公のところにやってきた双子の女性は何を意味しているのだろうか?
ジェイズバーは鼠と主人公にとっては入り口、だったのだろうか?

直子という女性の死や、霊園での鼠の死との距離、そしてどもりのある土星からの青年などは、数年後のノルウェイの森に繋がっているのだろう。

本にH1.12.6と鉛筆で読み始めた日が書いてあった。今年平成何年なのか海外にいるといつもわからなくなる。20年以上前の自分がどうこの本を捕らえたのかは全く記憶に無い。

今回の感想は、というと、まあ、前作、風の歌を聴け、よりは面白かったかな、という程度、かなあ。それぞれのエピソード、北に帰る女性との話や配電盤の葬式など、にあまり感銘しないのと、主人公が海老を食べながらいった言葉で彼への共感も無くなったからかなあ。というか、じゃあノルウェイの森のトオルはどうだ?といわれると似たようなもんかもしれないけど。

村上ファンは暇があれば読み返してください。

余談
私は村上龍と村上春樹は好きである。その前は、宮本輝と渡辺淳一が好きだった。
ためになる本、てなんなんだろうな?とふと疑問に思った。村上春樹のこの作品は少なくとも「ためになる本」ではない、し、じゃあ彼のそれ以降の作品でもためになる本は無かったようにも思う。私の好きな東野圭吾の作品がためになるか?というと推理小説とういのはためになるとかならないとかというものではないだろう。そう、娯楽。ためになるかどうかを基準とするなら、ある分野のきちんとした本じゃないといけないのだろう。しかし、そのような本はこちらでは手に入らないし、アマゾンを使うと関税がかかるから買う気もない。
宮本輝の一時期の作品は読んでしみじみするものがあったが、10年前から読むのをやめた。劣化した、と思ったから。それ以降の作品でおすすめがあれば教えて欲しい。渡辺淳一にいたってはもう読む気はない。
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コメント


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「1973年のピンボール」は僕が初めて読んだ村上春樹作品でして、当時中学生だった僕が自分の本棚に並んでいたらカッコイイな、と思って買ってしまった本です。

村上春樹のことはそれまで知らなくて、タイトル買いした本でした。その頃は僕も登場人物と同じようにピンボールにはまっていたのです。

村上春樹はデビュー当時から”ファッション・アイテム”でした。読んでいるとちょっとオシャレだし、なんだか”都会的”だし”オンナにもてそう”という不純な動機で読んでいた人も少なくなかったと思います。

彼の小説にちりばめられた、アメリカの匂いと文化エリートを自認する著者がセレクトしたジャズやロックや舶来文学やファッションの数々。雑誌ポパイの愛読者だった田舎の少年の僕には村上春樹の作品が醸し出す世界はある種の”あこがれ”の対象でもありました。

いま村上春樹の初期作品を読み返すと、当時の自分を思い出したりして、気恥ずかしくなりますね(笑)

春樹が作品中で読者に”紹介”する舶来アイテムは田舎の日本人少年にとっては”学ぶべきもの”であったし、そういったコトを知りたいとも思わされました。

いまでは、日本よりも韓国や中国で人気の高い作家ですが、かの地の読者にとってはジャーゴンのように意味不明な記号の羅列にも見えるかもしれません。

でも、かの地の読者にとっても”日本のお墨付き”の”有名作家”が提示するジャーゴンは少年時代の私が感じたのと同じように学ぶべき、学ぶに値する対象であると映っていることでしょう。

”春樹信者”という単語も最近では死語に近いですね(笑)

信者を卒業した人がほとんどですし、還暦を過ぎた作家に対しては世間の注目度もそうは高くないです。

村上春樹は文章がとても上手です。
とくに彼の比喩表現は誰も真似できないような境地に達していると思います。
一種の職人作家ですし、彼も”物書き職人”を自認もしているようだし、まあ、彼ほど売れる純文学作家もいないわけでして、認めるところは認めないとな、というのが僕の今の感想ですね~

彼の作品はモラトリアム文学とか言われてましたが、モラトリアムにしてもニートにしても江戸時代でも存在した現象であり存在でして、まあ簡単に言えば世の中に一定数発生する”駄目な人”ってことですので、そこは大目に見てやってください(笑)

杏樹 | URL | 2012-01-08(Sun)17:09 [編集]


Re: タイトルなし

杏樹 さん

コメントありがとうございます。
僕にとっての村上春樹は、まず、高校時代にちかくの大学から教育実習できていて国語を教えていた先生が、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドを勧めたのが最初の出会い、(しかし実際読んだのは大分後になってですが)で、その後、ノルウェイの森が社会現象になる位に売れたので読んだのが最初です。
しかし、この作品は自分が年をとってノスタルジーを感じるようになってからのほうが味わい深くなってます。
で、この本を読んだとき”ファッション・アイテム”と捕らえる余裕は全く無かったと思います。お金がなくて、ピンボールなどもすることはなくて、日々の活動や食べるのに精一杯でした(笑)。本はまあ読んでましたが、雑誌ポパイの世界にはあえて近づかず、青年漫画の回し読み、もしくは週間ベースボールの立ち読みくらいだったでしょうか。私にとっては昔も今も登場人物の提示するものはジャーゴンであることには変わりないです。
ハートカクテル、という漫画が私にとってはかっこいい憧れ、それも手の届かない世界でした。
じゃあ、どういう気持ちで村上春樹の作品を読んでたいたか、というと、やれやれ、といってとりあえず起こる出来事に淡々とビール飲んだりパスタゆでたりして対応する主人公にあこがれていた、ような感じでしょうか。もしくは、ノルウェイの森では、彼女とあてもなく町を歩き回る、というようなことや、寮のテレビの前の空間を分割していくこと、的なことを自分もやってたように思います。

検索したら、福田和也氏が、さすがプロ、と思わせる評論書いてました。
http://yomimonoweb.jp/fukudakazuya/p4_1.html
http://yomimonoweb.jp/fukudakazuya/p11_1.html

こんな分析はさすができません。

ちなみにスウェーデンでもカフカの翻訳などは人気みたいです。どんな人がどんな思い入れで読んでいるのか全く見当もつきませんが。



> 「1973年のピンボール」は僕が初めて読んだ村上春樹作品でして、当時中学生だった僕が自分の本棚に並んでいたらカッコイイな、と思って買ってしまった本です。
>
> 村上春樹のことはそれまで知らなくて、タイトル買いした本でした。その頃は僕も登場人物と同じようにピンボールにはまっていたのです。
>
> 村上春樹はデビュー当時から”ファッション・アイテム”でした。読んでいるとちょっとオシャレだし、なんだか”都会的”だし”オンナにもてそう”という不純な動機で読んでいた人も少なくなかったと思います。
>
> 彼の小説にちりばめられた、アメリカの匂いと文化エリートを自認する著者がセレクトしたジャズやロックや舶来文学やファッションの数々。雑誌ポパイの愛読者だった田舎の少年の僕には村上春樹の作品が醸し出す世界はある種の”あこがれ”の対象でもありました。
>
> いま村上春樹の初期作品を読み返すと、当時の自分を思い出したりして、気恥ずかしくなりますね(笑)
>
> 春樹が作品中で読者に”紹介”する舶来アイテムは田舎の日本人少年にとっては”学ぶべきもの”であったし、そういったコトを知りたいとも思わされました。
>
> いまでは、日本よりも韓国や中国で人気の高い作家ですが、かの地の読者にとってはジャーゴンのように意味不明な記号の羅列にも見えるかもしれません。
>
> でも、かの地の読者にとっても”日本のお墨付き”の”有名作家”が提示するジャーゴンは少年時代の私が感じたのと同じように学ぶべき、学ぶに値する対象であると映っていることでしょう。
>
> ”春樹信者”という単語も最近では死語に近いですね(笑)
>
> 信者を卒業した人がほとんどですし、還暦を過ぎた作家に対しては世間の注目度もそうは高くないです。
>
> 村上春樹は文章がとても上手です。
> とくに彼の比喩表現は誰も真似できないような境地に達していると思います。
> 一種の職人作家ですし、彼も”物書き職人”を自認もしているようだし、まあ、彼ほど売れる純文学作家もいないわけでして、認めるところは認めないとな、というのが僕の今の感想ですね~
>
> 彼の作品はモラトリアム文学とか言われてましたが、モラトリアムにしてもニートにしても江戸時代でも存在した現象であり存在でして、まあ簡単に言えば世の中に一定数発生する”駄目な人”ってことですので、そこは大目に見てやってください(笑)

Maggie Q2000 | URL | 2012-01-09(Mon)05:51 [編集]


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