ライフ イン スウェーデン

スウェーデンでの日々の雑感、旅行記、サッカー観戦記、などなど。

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尾崎豊を知っているか?  はい。知ってます。

昔、大学生の頃、私は朝日新聞を購読していた。卒業するまで。
そして、朝日新聞の権威はまだ当時は有効で、私も思考停止でその意見を取り入れてたと思われる。

懐かしい。

社会に出て、朝日新聞がいかにとんでもないか、がわかった。ま、若い頃は読んでもいいかもしれないが、年を取ってからはまたなにか面白いこと(訳のわからないこと)を書いてるか?くらいの気持ちで読めばいいかもしれない。

で、その朝日新聞が、成人の日の社説に、

成人の日に―尾崎豊を知っているか

という文章を書いた。
あえてリンクは張らない。朝日のサイトの社説、1月8日付けをクリックすると全文がでてくる。
まさに親父のたわごと以上でも以下でもないゴミのような文章がでてきて、中年の私も筆者に対して憐憫の情を抱かずにはいられないのだが、若者からしたら、なにこのキモイ文章、てな感想かと思うがどうであろう?

で、ブログで、尾崎豊はどこにもいなかったと言うのを見つけた。こちらだけ読めばいいと思われる。

私は尾崎豊の数歳下だが、彼のデビュー当時から死ぬまでよーく知っている。途中勢いがとまってアメリカいって薬やって帰国して覚せい剤でつかまって、その後復活してやっぱり薬のオーバードースで死んだ。死ぬ前数年の歌も悪くは無いが、彼が自分で「うたいたくも無いうたを歌わされた」といっているので、それを評価することは彼にとっては嬉しくはないかもしれない。そして、彼が死んだ後もカラオケでよく歌ってた。
死後、教祖とまで言われて人気がでた。レジェンドになった。私としては生きてる頃のほうがもちろんインパクトがあった。15になる前から知っていたので、早く、15歳になりたかったし、17歳になりたかった。しかしなったところで別に社説に書いてある「大人や社会への反発、不信、抵抗。恵まれていないわけじゃないのに、「ここではない、どこか」を探し、ぶつかり、傷つく。その心象が、若者の共感を呼んだ。 」ほどの共感はなかった。

ブログの方の結論
「要するに尾崎豊というのは、登場した時から若者の感覚とズレていたのです。」

という指摘は、当たっているといっていいだろう。しかし、虚構の世界として、「盗んだバイクで走り出す、行く先もわからぬまま、暗い夜の帳の中へ」というその物語は同時代の若者の心をある程度つかんだことは確かだと思う。「覚えたてのたばこをふかし 星空を見つめながら 自由になれた気がした 15の夜」
そう、あくまでそんなやんちゃをしても「自由になれた気がする」以上の世界にはたどりつけないのは誰でもわかっている。家出してどうやって飯をまともにくっていくのか?
しかし、心にうかぶ映像としては、悪くない。
「夜の校舎窓ガラス壊して回った」というような学校での若者の暴力は確かに昭和の時代、存在した、しかし、実際壊して回ったのは、単なる破壊者、愉快犯であり、尾崎のような心の葛藤からではない、とはいえるだろう。

しかし、たまには現実と虚構の区別がつかなくなった実例もある。

私の知人が尾崎に心酔して、結構きちんとした私立の高校を中退して、その後新宿でギターを弾いてた。大学の数年、年賀状などでやり取りしていたが、そいつがその後どうなったかは知らない。彼がオザキに出会わなかったらどうなったったか、という仮定の話は意味がない。

で、解釈としては、尾崎とその時代の支持者、実際の尾崎の歌を好きだった連中みんなが盗んだバイクで走り出したわけでなく、くわえタバコのセブンティーズマップをきどっていたわけでなく、ただ、彼が歌った、自分とは縁が無い世界を歌のなかである意味楽しんでいたのだと思う。私は尾崎のテープを高校時代は勉強の合間の息抜きに聞いていた。同時に聞いてたのは、渡辺美里のMy revolutionやBoowyの歌などである。

後何度自分自身卒業すれば、本当の自分にたどりつけるのだろう?
やら
この支配からの、卒業
という歌詞を聴いても、何いってるんだろう?と思っていたことは確かである。社会に出てからのほうがもっと大変なことくらいは普通、わかる。

そういう意味で、この朝日の社説を書いた人もその社説に登場する香山リカもいかれているとしかいいようがない。さらに、新進気鋭の社会学者、古市憲寿さんの文章も引用しているが、結局社説をかいた中年のおっさんがなにをいいたいのかさっぱりわからない。

社説の最後の数行を引用

「尾崎豊はどこへ行ったのか。

 あの時の尾崎と同じ26歳、気鋭の社会学者、古市憲寿さんには「オヤジよ、放っておいて」と言われそうだ。

 近著「絶望の国の幸福な若者たち」では、20代の7割が現在の生活に満足している、との調査結果を紹介している。過去40年で最高だ。

 将来の希望が見えないなか、未来を探すより、親しい仲間と「いま、ここ」の身近な幸せをかみしめる。そんな価値観が広まっているという。

 なるほどね。いくら「若者よもっと怒れ」と言っても、こんな社会にした大人の責任はどうよ、と問い返されると、オヤジとしても、なあ……。

 でも、言わせてもらう。

 私たちは最近の社説でも、世界の政治は若者が動かし始めたと説き、若者よ当事者意識を持てと促した。それだけ社会が危うくなっていると思うからだ。

 だから、くどいけれど、きょうも言う。成人の日ってのは、そんなもんだ。

 ともあれ、おめでとう。」


このおっさんはその前の世代のように学生運動に参加できなかったトラウマでもかかえているのか?と勘ぐりたくなる。

私は天声人語を100字に要約して学校の国語の先生に添削してもらう、とういトレーニングを積んで国語力をアップさせた。おかげで大学に入れた。まあ、最近はまた日本語が不自由になってきたのは情けないところだが。

そういう恩のある新聞ではあるが、この社説を要約すると、どうなるだろう?

そう、最初の一行
「ああ、またオヤジの「居酒屋若者論」か」

これで終わりである。



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といいますか

尾崎が当時の若者の感覚とずれてたんじゃなくて、単に彼がほかのひとと違う行動をとっただけ、だけど理解者が周りにいなくて自殺した、それだけのことです。

彼を絶賛する上の世代は、彼を絶賛することで自分たちを救っているだけだから、それをやればやるほど下の世代が萎縮してしまうんじゃないでしょうかね。

MB+Da+Kidd | URL | 2012-01-11(Wed)09:30 [編集]


Re: といいますか

MBさん

尾崎の最後のほうはもうむちゃくちゃだったみたいです。幻冬舎の見城徹氏の回想には
「「僕は生きているから苦しいんだ。この酷さや切なさをなんとかしてくれ」と、もがいて全身で叫ぶのが尾崎豊でした。そして「あなたも生きている限り、僕の問題はあなたの問題なんだ。逃がしませんよ。一緒に苦しんでもらいますよ」と。彼が悩んだ重圧と無関係な人は、この世に一人も存在しません。僕も彼の間いかけにギリギリまで苦しめられ、何度か自殺も考えました。」てな文章もありました。

一般のファンは彼の歌とそのストーリーだけが見えますが、周りは本当に大変だったみたいです。

で、おっしゃるとおり、彼を持ち上げる上の世代の意図はなんなんでしょうか?
この社説を書いた人はもしかしたらもっと前の世代、学生運動を実際やってた世代かもしれません。とにかく、反社会的な若者がすきなんでしょうか?しかし実際そのようなことが自分に降りかかったらたぶんつぶしにかかるとは思うんですけどね。


> 尾崎が当時の若者の感覚とずれてたんじゃなくて、単に彼がほかのひとと違う行動をとっただけ、だけど理解者が周りにいなくて自殺した、それだけのことです。
>
> 彼を絶賛する上の世代は、彼を絶賛することで自分たちを救っているだけだから、それをやればやるほど下の世代が萎縮してしまうんじゃないでしょうかね。

Maggie Q2000 | URL | 2012-01-12(Thu)03:30 [編集]


こんなことを言ってるひともいますね。

Qさん、冷泉彰彦ってMLBのことで余計なことをぐちゃぐちゃ言ってるので僕は全く評価していないのですが、これに関してはひとつ、おもしろい見方をしていますね。彼は妄想家なので、ちょっと違うだろ、とは思いますが、ひとつの意見であるには違いない↓
> http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120111-00000303-newsweek-int&1326249204

尾崎がなぜ共感を呼んだかといえば、はじけられない、あるいは無茶苦茶やりたいけどやれないひとのストレス発散の手助けになったからではないかと僕は思ってます。
1990年代のギャングスタのラップにハマった、アメリカの中産階級のコーケイジャンたちからの支持によく似てるんじゃないかということですね。

普通に生活していれば、ちょっとあのひとおかしいよね、という一言で終わってしまうひとですから。

だから、そこに過剰に思い入れをしてても、ピントがずれているだけにすぎないんじゃないですかね。

MB+Da+Kidd | URL | 2012-01-12(Thu)06:40 [編集]


Re: こんなことを言ってるひともいますね。

MBさん

ご紹介ありがとうございます。
教員の質、というあまりみんなが指摘しないいわばタブーに言及しているのがおもしろかったです。
> 1990年代のギャングスタのラップにハマった、アメリカの中産階級のコーケイジャンたちからの支持によく似てるんじゃないかということですね。
はまさにその通りだと思います。
カラオケで歌う分なら誰も何も言わないけど、成人の日におっさんが若者に送る言葉として天下の朝日新聞が尾崎を知っているか?ではみんなずっこけてしまった、というのが今回の顛末でしょう。

> Qさん、冷泉彰彦ってMLBのことで余計なことをぐちゃぐちゃ言ってるので僕は全く評価していないのですが、これに関してはひとつ、おもしろい見方をしていますね。彼は妄想家なので、ちょっと違うだろ、とは思いますが、ひとつの意見であるには違いない↓
> > http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120111-00000303-newsweek-int&1326249204
>
> 尾崎がなぜ共感を呼んだかといえば、はじけられない、あるいは無茶苦茶やりたいけどやれないひとのストレス発散の手助けになったからではないかと僕は思ってます。
> 1990年代のギャングスタのラップにハマった、アメリカの中産階級のコーケイジャンたちからの支持によく似てるんじゃないかということですね。
>
> 普通に生活していれば、ちょっとあのひとおかしいよね、という一言で終わってしまうひとですから。
>
> だから、そこに過剰に思い入れをしてても、ピントがずれているだけにすぎないんじゃないですかね。

Maggie Q2000 | URL | 2012-01-13(Fri)06:11 [編集]


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