ライフ イン スウェーデン

スウェーデンでの日々の雑感、旅行記、サッカー観戦記、などなど。

このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク -

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

5年ぶりのドブロヴニク

2012年8月4日土曜日

早朝深夜バスを利用してアーランダ空港へ。
いつも利用するマクドは6時開店と微妙なので、荷物のチェックをうけて中へ。
いつものごとく、冗談みたいな値段のお食事が並び、空腹だったが
ラマダンモードと称して水だけ買って(これも300円するんだが、、)機内へ。
寝不足だったのですぐ寝て、飛行機は7時10分に飛び立ちほぼ3時間でドブロヴニク。

ここにくるのは5年ぶり。
前回の旅ブログはこのあたり

この5年間、当たり前だが自分にもこの町にも大きな変化があった。
この町の変化としては、ロープウェーが再開されていた。

前回行ったとき、ロープウェーの駅の廃墟はうろついた。
しかし、勉強不足でそれが戦争の為だったと知ったのはその後。
ちなみに私は山の中を道なき道を歩いたのだが、地雷が埋まっていたと知ったのもその後。

とにかく、生きてまた戻ってきた。

Booking.comで予約したアパート。これが最高の立地条件。旧市街内。
25EUROで空港まで迎えに来てくれた。部屋もこぎれいでこのようにWIFIも使える。

まず、スーパーで水などを買って、パン屋で昼食かって、ロープウェーであっというまに頂上へ。

ここからの景色は素晴らしいが、前回のブログの写真の時となんらかわってはいない。

で、前回単なる廃墟だと思ったところはナポレオン時代からの砦。ここで現在は戦争博物館の展示がある。
入場料30クーナを払って入る。

一番衝撃的だったのが、ユーゴスラビア軍が撮影したこの山や旧市街や町へのロケット攻撃の映像。
自分が歩いた場所、そして今日歩く場所がもと同じ国民から攻撃される映像というのはやはり心に重くのしかかる。攻撃は1991年の11月と12月。ほんの21年前である。

クロアチアは耐えて結局独立を勝ち取る。検索したが正直独立を阻止しようとした側の大義はよくわからなかった。ただ、セルビアびいきの人からは、セルビアは国際的な情報戦に負けた。クロアチアもたいがいなことをやってきたんだ、という話は聞いたことはある。

景色を楽しみ山を下り、宿に戻って、海水パンツはいて旧市街へ。

この旧市街にも海水浴場がある。

そこで、2年ぶりのアドリア海の中へ。透明度は島にはやや劣るとはいえ、素晴らしいレベルである。

(あまり書きたくないが、とりあえず。私は7年前バルト海で8月に泳いだことがあるが、まるで氷水だった。二度と泳ぐ予定はない。ちなみになんとか湖なども同様である)

シュノーケルグッズは5年前にクロアチアで買ったもの。これで小魚の群れと戯れる。

余談だが、若者たちも多く水辺で楽しんでおり、非常に目の保養にもいい。

この後、部屋に戻って休憩して旧市街の外を軽く散策、そして夕食。

魚介類メニューを安くおいしくいただきました。数日前の食生活に思い入れのない某国での「いかソーメンばりかたイカリングドーナツ」の悪夢を軽く吹き飛ばしてくれました。

(余談。語学学校でギリシャ人らもスウェーデンの食材食事などについて激しくDISってたという最新ねた)

そして、夕暮れの中を散歩してまた猫らをからかいながら歩いて、部屋に戻りました。

ちなみに、魔女の宅急便は見ました。やっぱ、ストックホルムとゴットランドですなあれは。
北欧好きらしい宮崎はやおさんらは北欧視察時のお食事には満足したのかな?
関連記事
スポンサーサイト

PageTop
| このエントリーを含むはてなブックマーク はてなブックマーク -

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

楽しそうですね!良かったですね。シーフード美味しくて何よりです。美しいドブログニクも色々哀しい歴史がある様ですね。。8カ月間包囲戦になったとか。民間から応急で集めた輸送船団が水や食料を運んで持ちこたえたけど、なかには対戦車ミサイルを撃ち込まれて撃沈されてしまうものもあったそうで。  http://en.wikipedia.org/wiki/Siege_of_Dubrovnik しかしスウェーデンの食事、ギリシャ人もDisってましたか。。。。自分が知る限りではイタリア人とインド人ははっきりDisり、中国人は食事について聞くと言葉を濁して話題を変えていました。自分としてはそこまでの不満はないんですけどね。じゃがいもとかは美味しいと思ってます。

もと隣人 | URL | 2012-08-05(Sun)17:49 [編集]


Re: タイトルなし

もと隣人さま

コメントありがとうございます。
あの砲撃は長い目で見たらクロアチアに今後のプロパガンダのいい映像を与えたようなもんだなと思いました。
被害もその映像のインパクトに比べると大したことないし(ボートやホテルが燃えてる程度)で、何がやりたかったのかわからないとうい感じでした。砦への攻略戦は戦略的意味はあったでしょうけど。
私の知人の中国人は中国人のスーパーで食材かって中華料理の弁当つくってましたよ。
ちなみに、ギリシャ人はとくに「きゅうり」が我慢ならない、そうです。私はなれましたが(笑)
最近スーパーでじゃがいもとたまねぎの鮮度の低下レベルがしゃれにならなかったです。
え、これ売りもの?というみかけと手触りでした。


> 楽しそうですね!良かったですね。シーフード美味しくて何よりです。美しいドブログニクも色々哀しい歴史がある様ですね。。8カ月間包囲戦になったとか。民間から応急で集めた輸送船団が水や食料を運んで持ちこたえたけど、なかには対戦車ミサイルを撃ち込まれて撃沈されてしまうものもあったそうで。  http://en.wikipedia.org/wiki/Siege_of_Dubrovnik しかしスウェーデンの食事、ギリシャ人もDisってましたか。。。。自分が知る限りではイタリア人とインド人ははっきりDisり、中国人は食事について聞くと言葉を濁して話題を変えていました。自分としてはそこまでの不満はないんですけどね。じゃがいもとかは美味しいと思ってます。

Maggie Q2000 | URL | 2012-08-07(Tue)06:26 [編集]


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。