ライフ イン スウェーデン

スウェーデンでの日々の雑感、旅行記、サッカー観戦記、などなど。

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スウェーデンの暴動や社会への個人的感想

ポルトガル旅行の後、すぐ国際学会で出国、そして帰国したのが数日前。
学会先ではスウェーデン人やほかの北欧のみなさんと一緒に行動していたが、スウェーデンの話題といえば、ユーロビジョンコンテストの結果とアイスホッケーの結果だけだった。
で、帰国の途中のアムステルダムの空港で、ツイッターで「ストックホルム連夜の暴動」という記事をみて驚いた。
さらに休みだったので、フェリーでリガに行ってきた。船内でBBCNEWSをみていたが、やはりストックホルムの暴動について報道されていた。


日本へ報道された朝日新聞のロイターの記事はこちら
「焦点:移民大国スウェーデン、暴動で露呈した「寛容政策」のひずみ」
ちなみに執筆者は日本人ではなく、翻訳されたものである。

一部を引用

「<格差が急速に拡大>

 ラインフェルト首相率いる中道右派政権は過去7年間、税率引き下げや公的手当の減額を行い、この取り組みは欧州の大半を上回るスウェーデンの経済成長に寄与してきた。しかし一方で、同国は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で、格差が最も急速に拡大している国でもある。

 ストックホルム大学の犯罪学教授、イェージー・サルネッキ氏は、主要都市には、他の地区に比べて失業率が著しく高く、貧しい移民が集まる地区があると指摘する。

 世論調査によると、スウェーデン国民の大半は現在でも移民受け入れを支持している。同国は移民に住居やスウェーデン語の授業を提供し、難民申請者に親族との同居を許可するなど、手厚い保護で評価されている。

 しかし、このコンセンサスは崩れつつある。

 ヨーテボリ大学のUlf Bjereld・政治学教授は「どんな理由であれ、非就労者は国の発展に貢献しない」と指摘。」

「 移民の間では不満が収まる様子はないとみられ、エチオピアで生まれたという看護師の女性(39)は自身がエチオピア人であると同時にスウェーデン人だと語る一方で、「地元のスウェーデン人が、私をスウェーデン人として受け入れることはないだろう。彼らにとっては、私はただの移民としか映らない」と述べた。 」
(引用終わり)

それに対する日本人のブログ「太郎のスウェーデン便り」の反応はこちら
「青少年の暴動」

一部引用
「騒動の直接的な原因でないにしても、背景要因は青少年層の社会に対する不満であると思う。特に騒動が起こった地区は失業率も高い」
(引用終わり)

今回の暴動に関してもいつものように「スウェーデンの今」の記事が詳しい。
「ストックホルム郊外の暴動について(その1)」

一部引用
「そんな説明を聞くたびに、私はずっと疑問に感じていた。そのような政治的な主張が背景にある暴動とは思えないからだ。デモが行われたわけでもない。私は、若者の行動動機はむしろもっと単純なものだと思う。

面白いことがない。やることがない。つまらない。何か、面白いことをしたい・・・。そんな動機から、公共バスに石を投げてみる。通りかかる電車に悪戯をしてみる。人々が困った様子を見せる。それが面白い。警察までやって来た。逃げろ。捕まえられるもんなら、捕まえてみろ。警察が諦めて引き上げていく。また、イタズラをしよう。今度はリサイクル集積場に集められた新聞紙に火をつけてみよう。今度は消防車が出てきた。消防士に嫌がらせをしてやろう・・・

実は、この手の嫌がらせは、特に珍しいことではない。。」
(引用終わり)


リガ行きのフェリーの中で、とある新聞に経済記事を書いている記者と知り合った。
早速今回の騒動を聞いてみた。
なんていうことはない騒ぎなのに、スウェーデンのあらを見つけてとりあげて喜びたい海外のメディアにいいように面白くとりあげられてしまった。
と彼は言った。


ところで、スウェーデンの今で、極右の若者への説明で
「スウェーデン社会は今や様々な民族的・人種的背景を持つ人々で構成されているが、彼らはそれが受け入れられない人たちだ。」

という文章があり興味をひいた。


ところで、スウェーデンには過去にも若者の暴動は何度かあったそうで、こちらのテレビで、80年代のストックホルムの広場での若者の軽い暴動についての映像が流れた。

今回の町の景色と決定的に違うことがある。

そう、80年代の若者たちの映像には白人しか映っていなかった。

今回の暴動が起こった町は8割が移民系というような町で、今回の暴動も「移民問題のひとつ」である。
移民の増加、スウェーデン人が逃げた町、失業者、貧困、そして暴動。

私が過去(2011年1月)に書いたブログ記事はこちら

「スウェーデンで移民問題は去年から「国民の許容範囲を超えた」と解釈しております。スウェーデンの移民政策、インテグレーション(先日のブログを参照)は、理念は素晴らしいとは思いますが、現実上、まともにスウェーデン語が話せない、そして働けない移民が増え、移民だけのコミュニティーを作り、増長して、手に負えなくなっています。各地に移民が住民の多数を占めるコミュニティーができて、そこの治安は悪く、スウェーデン人が逃げ出しております。そしてもちろん、彼らに税金が投入され手厚く保護されるわけです。
そう、スウェーデンの移民政策、インテグレーションは大失敗に終わりました。

それを覆い隠すマジックワードが「多様化」だの「多文化社会」です。

現実、スウェーデン人が多様化しているわけでなく、多文化を謳歌しているわけでは全くありません。彼らの生活様式をみたらすぐわかります。ただ、町に異民族が溢れ返ってきて、彼らが自分たちの好きなように生きていてそれにスウェーデン人が稼いだ税金が投入されているだけの話です。

しかしながら、スウェーデンでは移民問題はタブーで、それに言及するともれなくなぜか人種差別主義者のレッテルが貼られます。マスコミと教育、そしてそれらに迎合した政治家の責任でしょう。

インテグレーションという政策は、1975年からのもので、この段階では、スウェーデンへの移民は、フィンランドや、遠くておも東欧からの労働者の移住でした。(その後独裁国家チリからの亡命者もいましたが)
しかしながら、その後の、イラン、イラク、アフガニスタン、スーダン他アフリカ諸国などの紛争国からの難民の流入は、まさに、無防備な甘い移民政策をつかれ、怒涛のようにそれらの国からやってきました。彼らは、イスラムです。このことを語ることもスウェーデンではタブーなのですが、彼らがスウェーデン社会に統合、インテグレーションできるわけがない、というか、世界中どこでもインテグレーションできてないのです。実際、スウェーデンでも多くがインテグレーションできてません。」


今回、ポルトガルから空港に帰ってきて、私が住んでいる移民の町への電車に乗った。
上のロイターの記事では、
「深夜にストックホルム中心部を出発する列車は、単純労働を終えて帰宅するアラビア語やスペイン語を話す移民であふれている。」
と書いてあるがこれは間違いで、朝から晩まで終日移民であふれている、というのが事実です。
特に、郊外列車の南行き、そして、地下鉄は赤と緑のラインの南、西行き、青のラインの北行きなど、「え、ここどこ?スウェーデンじゃないの?」と日本からきたすぐだと思ってしまうでしょう。

(ちなみに今回の暴動で一部の地下鉄の駅は臨時封鎖されました。異常な事態です。)

そう、「スウェーデン社会は今や様々な民族的・人種的背景を持つ人々で構成されている」

のです。


駅に降りて、頭に布を巻いた人たちの群れを見ながら、長年違和感を持っていた疑問への答えがわかりました。

「この国は、自発的に移民難民を受け入れたつもりかもしれないが、実際は、ほかの国々の植民地になって食い荒らされている」

ということが。

二つの世界大戦を中立で逃げ切り戦後豊かな社会を謳歌したこの国が、リベラルな人間たち、政治家やマスコミ、教育者にそそそのかされて、扉を開けた。
900万人そこそこの人口のこの国が、あっというまにアフリカ、中東やアジアからの人々のこぞってやってくる草刈り場所となった。いうなれば、スウェーデン人は北米に原住していたインディアンの立場であり、また、列強にいいように分割された清国末期の状態と比喩したい。いまでも、国民の多くは(今までは)現在の寛容な移民政策に賛成なのだろう。たぶん、絶滅されたインディアン部族にも白人に好意的だった人も多くいたのだろう。その逆のことが起きようとしているのは歴史の皮肉ともいえようか。
私はいつも「トロイの木馬」をこの国にイメージしていた。結局平和ボケの国民が「善意」や「労働力として」など甘い考えで他国民を受け入れて、気が付けば、その国民自体がマイノリティーの立場に転落する坂道を下るのである。すでに引き戻すポイントは過ぎている。国が滅びるのには戦争はいらない、内部から破壊される。
今はアフリカ、中東が目立つが、水面下でどんどん人数を増やし、そして社会のマジョリティーの一角にのし上がるのは中国人だと私は見ている。根拠はたくさんある。100年後にこのブログを誰かが読んで、この予想が正しいかどうかコメントしてもらえば嬉しい。この国の人は中国人がほかの国で何をやっているのかわかってない。防御もなにもみられない。

国というものは、なんなのだろう?アメリカのように初めから移民が作った国家(原住民を駆逐してから、という点ではアメリカもオーストラリアもニュージーランドも同じだが)ならその時折の人種構成が変わることに特に問題はないが、ほぼ100%ネイティブのスウェーデン人の国だった、スウェーデン、という国は、スウェーデンが今あるスカンジナビアの土地にありさえしたら、スウェーデン人がマイノリティーに転落してもスウェーデンなのか?私はそうは思わない。それはスウェーデンという名前の別の国だと思う。が、多人種多民族が入り乱れた社会が好きな人たちにとってはたまらない成功例なのだろう。私からしたら見事な大失敗例だが。私が40年前に死んで生き返ったスウェーデン人なら、今の世の中を見たら卒倒するだろう。

ところで、人種構成だけでなく、社会の中枢もスウェーデン人がマイノリティーになる日は近い。
私の知っている組織も例外なく、現在のトップはスウェーデン人、しかし、その下からスウェーデン人の割合が減っていく。後ほんの10-20年で、トップの多くはネイティブでないスウェーデン人に置き換わると思われる。なぜか?マイノリティーとして休みなく努力する人間と、休暇と家族との時間を謳歌する人間の差がでる。そう、ありとキリギリスの違いであり、優秀なスウェーデン人はいるがいかんせん数が少ない。男女比がどうだと騒いでいる場合ではないのが見えてない。学生でみても、優秀な学部においてはネイティブでないスウェーデン人の割合は2世以降も含め20%どころではない。

先日の記事で、スウェーデン人のセックスの回数が減っているそうである。
町を歩けば、子だくさんの人たちがいる。子供一人作ればいろいろ補助がでるのでうはうはなのだろう。
人口問題だけは少しは安心していいだろうが、いつまでそのようなお金のある社会がこんな状況で保てるのかお手並み拝見を続けたい。
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