ライフ イン スウェーデン

スウェーデンでの日々の雑感、旅行記、サッカー観戦記、などなど。

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「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」 村上春樹 ネタバレあり。

村上春樹は好きな作家である。

どれくらい好きかというと、去年、ストックホルムのノーベル博物館でのノーベル文学賞発表の会場に足を運び、「受賞は、村上春樹!」という発表をきいてガッツポーズをしようとしたくらい。(現実は、中国人のおっさんがとったので私は逆転ホームランを打たれたピッチャーのようにその場で膝を落としたのだが)
ちなみに一番好きな作品は「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」
これを読んでない人はBookOffへGO
小説、ノルウェイの森、はやはり自分の人生には欠かせない作品である。
昔、学生時代、文学部の学生の彼女ととある町をひたすら歩き回ったことがある。
そして、おととし、映画ノルウェイの森の主演女優のミスキャストに映画館でぶちぎれた。
最近では1Q84, これのスウェーデン語版も英語版もこちらで手に入る。どちらかしらないがたぶんスウェーデン語版を読んだスウェーデン人女性ととあるパーティーでこの本について話をしたことがある。青豆の行動については違和感なく読めたとのこと。
私はあの作品では牛河の悲惨な生き様が一番心に残っている。

で、今回の作品。ここからネタバレ全開でいきますので、未読の方はさようなら。






「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
不思議な題である。しかし、読み始めるとその意味がわかる。
私たちの年代は、やはり
アカレンジャー
アオレンジャー
キレンジャー
モモレンジャー
ミドレンジャー
5人そろって、ゴレンジャー!
を思い出さねばならない。
この小説ではアカ、アオ、シロ、クロ、そして「色彩を持たない」つくる、が5人で楽しく高校時代を過ごしたが、大学に入って一人東京にいって、その後、わけのわからないまま4人から絶交を言い渡され、そのあと5か月自殺を考えて、すっかり人間がかわってそして仕事をはじめ36歳にいたる。

アマゾンの書評をみた。星1が100をこえている。そんなに村上が嫌いなら初めから読まなければいいのにと思うが、まあ、それでもよんでけちをつけたいのだろうか。

私の感想はずばり
最後の小説の終わり方が納得いかない。
である。

年上の女性にほぼ恫喝されて、昔自分を絶交した友達に会って話をして来いといわれる。
まさに、お礼参り。
16年たったあとのお礼参りになんの意味があるのか?
ま、しかしながら、その謎解きがこの小説の面白いところである。


途中、灰田という青年とその親父とその親父が九州で経験した不思議な話がでてくる。
その話が後にどうにもいかされてないように思えるのだが、作者からしたらきちんと伏線は回収している、のだろう、たぶん、わからないだけで。

クロとシロは女で、彼女たちはつくるの夢の中でみだらに登場し続ける。

私は彼の昔の小説の、うつくしい双子の姉妹を思い出した。彼女たちは相同だが今回はふたりでひとつ、である。

シロはすでに死んでいた。いや、殺されていた。その殺人事件はすでに迷宮入り。

レクサスの有能な販売員となっているアオとの出会い、は、彼が脳筋なバカだったということがわかったくらいか。その後彼は成功した人生を送っている。高校から大学にかけての日々はもちろん過去のことだ。

アカは面白い。彼はつくるが「あんなこと」をやってないことはその後だいたいわかった。しかし、彼も人々の心の流れの全貌はつかんでいない。そして、今は啓発セミナーのような仕事をしている。自分が誰からも愛されてないことを知っている。

そして、この小説のクライマックスといえる舞台は、フィンランドの湖畔のコテージでクロと語り合うシーンである。

私の住んでいる国はフィンランドの横で、この小説のその舞台の雰囲気はだいたいリアルに頭の中で描写できる。

余談だが、数年前、学会でアメリカに渡ったとき、ニューヨークの空港に着陸した機内でThe Beetlesの「Norwegian Wood」が流れた。ちなみにこの歌である。
http://www.youtube.com/watch?v=lY5i4-rWh44
一度経験はしたかった、ワタナベトオルと同じシチュエーションだった。

で、このフィンランドのクロへの訪問で、長年の謎はほぼ解けた。そして、つくるにとっては、赦す、という以外の選択しはなかった。自分が暗い海の中に投げ出されて死を考えたとしても。クロはつくるのことを恋していた。
二人の長年の思いのこもったハグのシーンはやはり感慨深い

クロ=エリは語る
「この土地の冬はすごく長いんだ」
「夜は長く、いつまでたっても終わらないみたいに思える。なにもかもがかちかちに硬く凍りついてしまう。春なんてもう永遠に来ないような気がする。だからついいろんな暗いことを考えてしまう。そんなこと考えないようにしようといくら思ってもね」

このあたりは、北欧在住者として他人の言葉とは思えない。
が、私はその冬と、そして今緑あふれる6月のスウェーデンの気候に慣れてしまった。

東京にかえったつくるは考える
―東京は彼にとってたまたま与えられた場所だった、、かつては学校のある場所だったし、今では職場のある場所だった。彼は職能的にそこに属していた。それ以上の意味はない―そして、エリについては、エリもある意味では人生の亡命者で、心に傷を負い、いろいろなものを置き去りにして故郷を捨てたが、彼女は自ら求めてフィンランドという新天地を選んだのだ、彼女には今では夫がいて、家族がいて、仕事もあり、元気な犬もいて、そしてフィンランド語も覚えた。彼女はそこに小宇宙を着々とこしらえてきた。と分析する。

わたしにとってはスウェーデンも職能的に属している場所であり、そして同時に新天地でもある。現実的にはともかく観念的には、もう次の国も帰る国もない。

つくるには向かうべき場所はない、と考える。人生が20歳の時点で歩みを止めてしまったとすら思ってしまう。果たしてそうなのか? 具体的に駅を設計する、という仕事にあこがれて頑張って勉強して難しい工科大学に入り、そしてその望み通りの仕事について日々働いていることの素晴らしさを彼は自覚していない。

才能=容器、ということについてはエリの口から彼に語られた。もっと自信を持てと、あなたは立派なカラフルな男だ、と。

一方、サラという女性には最初から最後まで感情移入ができなくて、え?その女のどこがいいの????というラストの終わり方だった。
しいていえば、牛河のごとく、死んだシロの目からみたバージョンの世界、つくるのこと、おこった事件、その後の人生などをそんなおもしろくもないラストのシーンにさしかえてほしかった。まあ、それは読者の頭の中で想像しろということだろうけど。

という小説でした。最後の終わり方は気に食わないけど、それ以外は楽しめました。とくにフィンランド編はすてきでした。

やっぱ、村上春樹の小説は期待に応えてくれる。今後も書き続けてほしい作家である。
そして、彼のノーベル賞受賞を期待している。
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