ライフ イン スウェーデン

スウェーデンでの日々の雑感、旅行記、サッカー観戦記、などなど。

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ザグレブにて

8月4日

早朝の電車でブダペストからザグレブに移動した。

列車は6人一部屋のコンパートメント。自分以外はみんな若者だった。

電車がザグレブにつく直前にお話したところ、前に座っていた女性はフランス人とタイ人の両親をもつ大学生。

この電車に乗ったことがある人も少ないとは思うが、ハンガリークロアチア国境では、ハンガリーの出国手続き、クロアチアの出国手続きが行われるため、電車が結構長い時間停車する。パスポートをチェックされるので、緊張する時間帯である。

ザグレブに着いたら、すぐバスステーションに移動。ザグレブは通過するだけ。過去数回来てるからもう見るところもない。

バスから外を眺めていたら、戦車がずらりと並んでいたので写真に撮った。





IMG_8613_convert_20150907030104.jpg


IMG_8617_convert_20150907030205.jpg

写真はほんの一部。このように大量の戦車を町の中で見たことは今までなかった。

検索するとwikiによると、1995年8月5日 - ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争: 嵐作戦で、クライナ・セルビア人共和国の首都クニンほかダルマチアの内陸地方のほとんどがクロアチア軍の占領下となる。(クロアチアの勝戦記念日)

とのこと。
次の日に戦勝記念20周年式典があるための戦車隊と思われた。

ユーゴスラビアとその解体の歴史は、まさに人々の記憶にも新しい。

クロアチアからしたら、クロアチア国内のセルビア人による自治勢力をきちんと駆逐した日。

ちなみに、国際社会ではセルビアの悪口が広く喧伝されているが、クロアチアが何もしてない訳ではない。


それはおいておこう。

クロアチアが今の国の形として悲願の独立を果たしたのは、その政治そして武力によってである。

国民もそのことを当然理解している。戦った戦士、なくなった市民。それらの方々への敬意と追悼は当然である。

そして、20年後の2015年の夏、クロアチアは独立国、そしてEU加盟国として、歴史を刻んでいる。


バスはアドリア海に向けて走った。

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